人材・スキル育成の現状と未来——欧州半導体サプライチェーンの「人材ギャップ」がイノベーションに与える実影響

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欧州の半導体は、巨額の投資と制度だけでは前に進みにくい局面にある。ファブ立ち上げや先端パッケージ、AI時代の設計力の底上げには、装置・材料に加えて、現場で様々な業務をこなせる有能な人材が不可欠だからである。

2024年11月、欧州委員会はChips Competence Centres(CCC)を27拠点選定し、2025年はこれらを実動させる段階に入った。さらに、ENCCC(European Network of Chips Competence Centres)の構築が動き出し、研究・訓練・設備アクセスを束ねる“人材インフラ”が現実味を帯びている。

11月開催の「SEMICON Europa 2025」においても、人材育成はサステナビリティやパッケージング、ファブ運用と並ぶ柱に置かれており、展示会は装置・製品のショーケースに、採用・学習の機能を重ねる設計へと拡張しているようだ。

本稿は、このような「人材ギャップ」現状と、それに対する制度、現場の実情、そして企業が取るべき施策を考察する。

設計・先端実装・ファブ立ち上げで人材不足が顕在化

欧州の人材不足は大きく以下の3つに分かれる。

・設計・ソフトウェア:AI時代のEDA運用、検証(verification)、ファームウェアなど“ソフト寄りの設計力”が薄い。特にRTL→検証→FW連携→量産テストまでを一気通貫で進められる人材の層が薄く、ハード設計の即戦力はいても、モデル圧縮・量子化・ランタイム最適化といったAIワークロードの実装を踏み抜ける人材が限られている。また、大学での設計教育は進んでいるが、IPの再利用管理、PPA最適化と実シリコン差異の把握など、産業現場の要件に直結する訓練が不足している。

・先端パッケージ/実装:2.5D/3D、SiP、光電融合の立ち上げでは、装置条件×材料×熱設計×テストを横断して担当できる人材がボトルネックになりやすい。たとえば再配線層(RDL)の設計変更が熱抵抗と信号整合に及ぼす影響、アンダーフィル材の粘弾性がリワーク性・信頼性評価に与える影響、チップ+インターポーザ+光学部材の“同時最適”など、工程間インタラクションを読み解ける経験者が不足気味である。

・ファブ立ち上げ・運転:建設・据付・工程確立・許認可・電力接続などが複合し、立ち上げ期間は“数年スパン”に及ぶ例が少なくない。このため、プロジェクト管理(EPCm)やサブコン連携、環境影響評価・ユーティリティの統合など、非工程領域も含めた“総合現場力”が問われる。結果として、量産移行後の歩留まり安定化にも遅れが出やすい。

共通するのは“人数”ではなく経験を伴う“スキルの欠乏”である。歩留まり回復やスループット改善を現場変数として扱える人の有無が、イノベーション速度を分ける。企業は「採用の前に育成の仕様を設計する」発想に切り替える必要がある。

研究・訓練・設備アクセスを束ねる

1.共用設備の開放(Access)

・アクセス設計:アカデミア主導のクリーンルームに、バウチャー方式やオープン時限枠を設定して中小・スタートアップの試作を可能にする。測定・評価だけ先行で使えるインターネットを介してEDI(電子データ交換)を行う、低コストで導入・運用が可能なASPサービス「ライトアクセス」も用意し、紙からウエハへの移行を段階化する。

・安全網:IP取り扱い、データ保持、危険物取扱の標準SOPを共通化し、複数拠点の横断利用を容易にする。

2.職業訓練の現場化(Work-based Learning)

・モジュール設計:装置メンテ(予兆保全/CMMS)、レシピ設計(DOE/SPC)、検査(画像・信号処理)、EH&S(化学・排気・排水)などを1〜2週間の短期単位で提供する。座学50%、実機・演習50%を原則に、実装度を担保する。

・評価法:ケースベース・ペーパー試験ではなく、“工程パラメータ変更→良否の統計評価→是正案提示”まで到達する実技評価に寄せる。

3.設計プラットフォーム(Design)

・共用リソース:EDA、P&R、検証IP、エミュレータ、FPGAボードの教育プールを作り、小規模チームでも先端フローを体験できるようにする。

・ルール:クラウド上でのIP取り扱いとアクセス権限、成果物の公開レベルをテンプレ化し、大学・企業の行き来を滑らかにする。

EUおよび各国の資金は、研究だけでなく人材育成と設備開放に明示配分されている点が特徴である。CCCを横串で束ねるENCCCの整備が始まったことで、CCC×パイロットライン×仮想設計基盤の連携は制度設計のステージに入った。重要なのは、「何人育てたか」ではなく、「試作到達」「量産移行の短縮」「品質安定化」といった結果KPIを採用・研修と同じ指標で見る運用である。

SEMICON Europa 2025が示す優先順位

「SEMICON Europa 2025(11月18–21日、ミュンヘン)」は、「欧州経済の回復力のためのグローバル・コラボレーション)」をテーマに掲げ、人材育成をサステナビリティ、モビリティ、材料、パッケージ、ファブ管理と並ぶ主要テーマに据える。展示会は製品のショーケースにとどまらず、学びと採用を結び直す“実装の場”へと進化している。

・企業にとって:先端実装、設備保全、データ×製造など重点領域の研修投資の優先順位を、講演やワークショップの具体的プログラムとして確認できる。採用と育成を同じテーブルに置き、現場課題を起点にしたマッチングがしやすい。

・教育機関にとって:既存カリキュラムの現場適合度を検証し、CCCやECSAの教材・設計プラットフォームを教育運用へ取り込む機会となる。学生やキャリア転換者に対して、職能の輪郭が伝わる実地体験も提供できる。

・政策担当にとって:失業・移民・教育政策と半導体産業政策の接点を具体的な技能ミスマッチとして可視化し、助成や枠組みの精度を上げる糸口になる。展示・講演・実習を横断するこの設計は、ボトルネックを“人”から解くという欧州の意思の表明である。

このように、採用と研修が同一テーブルに並ぶことに価値が生まれる。企業は講演・ワークショップを“自社の研修ロードマップ照合”の場として活用すべきだ。

日本が取り込める3つの設計原則とは

欧州の進め方から、日本や他地域が取り込める示唆は多い。それはネットワーク設計/職業教育のモジュール化/測定と公開の3点である。

ネットワーク設計:CCC—パイロットライン—設計プラットフォームを制度で連結する発想は、日本の産総研・大学拠点—企業共創拠点とも親和性が高い。重要なのは、共用設備のアクセス条件(誰に・いつ・どの範囲で開くか)と、IP・安全・データの取り扱いを横断で標準化することだ。

職業教育のモジュール化:装置メンテ、DOE/SPC、検査、EH&Sなどを短期・反復・職能別に切り出し、座学と実技を組み合わせる。企業内教育の外部化を前提に、共通コア(予兆保全、統計品質、データ解析)と地域特化(先端実装の材料・熱の同時最適など)を二層構成で設計すると効果が高い。

測定と公開:ECSAの年次サーベイのように、不足職種・技能を毎年測り、公開指標として定着させる。評価は「何人育てたか」ではなく、「試作到達」「立ち上げ短縮」「品質安定化」など現場KPIへの寄与で行うべきである。政策と企業投資の焦点合わせが進み、資源配分の迷いが減る。

人を起点にした競争力の設計が、次のイノベーションの勝負どころ

2025年の欧州半導体は、能力センター(CCC)網の稼働開始と「SEMICON Europa」での実務交流をトリガーとして、人材ギャップの可視化→充足を加速させている。イノベーションの速度を決めるのは、設備でも補助金でもなく、様々な現場をしきれる有能な“人材”だ。この人材の確保、教育・育成が、次の1年で企業と教育機関、政策サイドが取るべき最優先事項なのである。

欧州の試みは、人材を産業インフラとして設計する営みである。サプライチェーンの強さは人の総和で決まる。人を起点に競争力を設計するかが、次のイノベーションの勝負どころなのだ。

*この記事は以下のサイトを参考に執筆しました。
参考リンク

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