「部品が届かない」——10月上旬、欧州と日本の自動車メーカーの現場でこんな声が上がり始めた。原因は、オランダの半導体メーカーNexperia(ネクスペリア)をめぐる一連の政府措置にあった。
9月30日、オランダ政府は重要物資の供給を確保するためのGoods Availability Act(供給確保法)に基づく措置を発動。10月12日にその公表が行われたが、それに先立つ10月4日、中国商務当局がNexperiaの中国拠点および協力会社による特定製品の輸出禁止を通知した。つまり、オランダが国内供給を優先し、中国が輸出を止める——両国の思惑が一点で衝突した格好となったのだ。
その影響は、部品サプライチェーン全体を直撃。完成車メーカーやTier1(完成車メーカーに直接部品を供給するサプライヤ)は在庫の横断管理と代替手配に追われ、生産計画に緊張が走った。
本稿では、この“Nexperiaショック”とも呼ぶべき状況の影響を整理し、今後の対応策を考察する。
Nexperiaとはどんな企業?
Nexperiaは、オランダ・ナイメーヘンに本社を置く半導体メーカーで、前身はNXPの標準品部門。現在は中国のWingtechが親会社であり、欧州に製造拠点、中国・東南アジアに後工程を展開する。
主力製品は、ダイオード、トランジスタ、ESD保護デバイスなどのディスクリート部品や汎用ロジック、パワーMOSFET。車載向けではAEC-Q認証を取得した製品を多数揃え、電源制御やセンサー周辺など幅広い用途に採用されている。
2025年には1,200V級のSiC MOSFET「X.PAK」を投入予定で、信頼性と実装性を両立する開発を進めていた。この市場は、先端ノードを競う最先端ロジックとは異なり、「長期安定供給」と「番手継続性」が最重要。設計・購買・品質部門は“同じ型番が継続して入手できること”を前提に業務を構築しており、一度供給が止まれば認証・設計のすべてがやり直しになる。
欧州製造×アジア後工程×中国資本の構造

Nexperiaの特徴は、いわば「3層構造」にある。
- 前工程(ウエハ製造):欧州(独ハンブルク、英マンチェスター)
- 後工程(AT/FT:組立・最終検査):中国・マレーシア・フィリピンなどアジア各国
- 所有構造:親会社が中国のWingtech
この分業体制は、コストとスループットの面では効率的だが、国際政治リスクに対して非常に脆い。今回の混乱は、まさにその弱点を突いた形だ。製造国(欧州)、所有国(中国)、検査国(アジア)が分かれているため、どの国の規制が動いてもサプライチェーンが止まる構造になっている。
特に、最終検査(Final Test)が行われるアジア拠点が止まると、製品は「出荷不能」となる。前工程でウエハが製造できても、最終工程を通らなければ市場に流れない。
この“最後の10%”がボトルネックになることを、今回の輸出禁止が証明した。
2025年秋の出来事

では、まず2025年秋の出来事を時系列に沿ってまとめる。
- 9月30日:オランダ政府が供給確保法を発動
- 10月4日:中国がNexperia製品の一部輸出禁止を通知
- 10月12日:オランダ政府が措置を公表
- 10月23日:日本の自動車部品各社に供給不確実性の通知
- 10月24日:欧州OEMが「在庫は短期」と説明
- 11月4日:中国が「混乱の責任はオランダにある」と非難声明
この間、Nexperiaは事業継続計画(BCP)のアップデートを発表したが、部品供給の安定化には至っていない。一部OEMでは評価済み番手の在庫をかき集め、他のメーカーに切り替える検討を開始した。
最大の問題は番手単位の継続確保が崩れたこと

最大の問題は、「番手単位の継続確保が崩れた」ことだ。車載用途では、PPAP(量産部品承認プロセス)を経た部品を変更する際、再評価・再監査・文書再提出が必要となる。同一仕様でも製造国や最終検査拠点が変われば、再承認に数週間から数か月かかる。
つまり「別の部品を使えばいい」という簡単な話ではない。コストよりも品質体系の維持とトレーサビリティの一貫性が優先されるため、短期的な代替は現実的でない。その間も工場は止められず、可用性が価格や性能と同等の“通貨”として扱われることになる。
各社はリスクを共有する横断チームの常設化が急務に

今回の事態は、単なる一企業の混乱ではなく、欧州・中国・アジアを跨ぐ製造モデルの構造的リスクを露呈した。国境をまたぐ生産ネットワークの中で、政治・通関・輸出管理のいずれかが変動すれば、物理的に稼働していても「輸出できない」「承認されない」状態に陥るのだ。
今後、サプライチェーン設計の評価軸は以下のように変化するだろう:
- 承認更新の容易さ:変更管理の透明性・文書整合性
- AT/FTの地理分散:単一国リスクを避ける体制
- トレーサビリティの統一:監査対応を迅速化
これら“運用適合性”が、価格やカタログスペック以上に重視されるようになる。各社は、設計・購買・品質・法務が同一前提でリスクを共有する横断チームの常設化が急務となるだろう。
「地理的問題」より「構造」がリスク要因に

今回のNexperiaショックは、地理的距離よりも所有・工程・規制の“ねじれ構造”こそが最大のリスクであることを示した。「欧州に前工程、アジアに最終工程、所有は中国資本」というモデルは、平時には効率的でも、有事には各国の制度の“接点”で止まる。
この構造は、他の多国籍半導体企業にも少なからず共通している。Nexperiaは特別な例ではなく、今後のサプライチェーンの縮図とも言える。
企業に求められるのは、「どこで作るか」よりも、「誰が所有し、どこで検査し、どの法域で出荷されるか」という制度境界の理解と管理である。
サプライチェーン設計の「新しい常識」を迫る警鐘に

このように今回、オランダ政府の国内供給確保措置と、中国政府の輸出禁止が同時発動し、Nexperia製品の出荷が滞った。それによって、欧州の前工程、アジアの後工程、中国の資本という3重構造が、規制変化に対して脆弱であることが浮き彫りになった。
車載業界では番手単位の認証維持が重要であり、短期代替が困難である。そして、今後の調達戦略は「コスト」から「可用性・透明性・リスク分散」へと軸足を移す必要があることがわかった。
半導体が政治・制度・供給網の交差点にあることを、今回ほど明確に示した出来事はない。この“Nexperia”ショックは、サプライチェーン設計の「新しい常識」を迫る警鐘となったのである。
*この記事は以下のサイトを参考に執筆しました。
参考リンク
オランダ政府発表(供給確保法の発動)
企業リリース・公表情報
信頼報道(状況・需要サイド)