【前編】挑戦が未来を磨く 技術者が語る、日本半導体の再生と次世代への継承

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技術を社会につなぐ ― ジェイテックが描く次の産業構造

取材・文:SEMICON.TODAY編集部

プロフィール

津村 尚史(つむら・たかし)氏
1981年大阪大学工学部卒業後、倉敷紡績株式会社に入社。新規事業の情報開発部・機器開発グループにて様々な自動化装置の設計・開発に約10年間従事。
1991年に株式会社片岡実業へ移り、取締役技術部長として原子力発電所内のシステム開発や住友電工と自動細胞培養装置の共同開発に従事
1993年、株式会社ジェイテックコーポレーションを設立し代表取締役社長に就任(現任)。
産学連携による装置開発を通じ、各種自動細胞培養装置や放射光用X線ナノ集光ミラーなどを実用化。現在は電子科学株式会社代表取締役会長も務める。

技術者としての原点 ― 「自動化は人の知恵の結晶」

津村氏のキャリアの出発点は、倉敷紡績時代の新規事業部での自動化技術開発だった。

この新規事業部は倉敷紡績の非繊維事業として立ち上げた新規事業で、その当時珍しかったミニコンピュータ(その当時はまだ国産のパソコンもなかった時代)を使ったコンピュータカラーマッチングシステムの開発販売を実施。そこで主に関連製品として各種自動化装置の開発に従事。

津村氏にとって、自動化とは“人間の知恵を再構築する技術”だった。
「人の手を減らすのではなく、人の考え方を装置に宿す。
そこに“技術の本質”があると感じました。」

この発想が、のちのジェイテックの理念の根幹となる。

起業の原点 ― 「やらずに後悔するより、やって苦労する」

1990年代初頭、日本の製造業はバブル崩壊の渦中にあり、既存の仕組みが揺らいでいた。
そのなかで津村氏は、「自分の技術を自分の責任で社会に役立てたい」と強く思うようになった。

「当時はまだベンチャー企業という言葉も珍しかった。
でも、技術者が自分でリスクを取って事業を起こす時代が来ると感じていました。
“やらずに後悔するより、やって苦労する”――そう考えて、起業を決断しました。」

1993年、ジェイテックコーポレーション設立。
最初の案件は大手企業からの自動細胞培養装置の開発の依頼
設計から加工、組立、納入まで、わずかなメンバーで手掛けた。
また、研究機関から依頼で様々な自動化ユニットを手掛けた。「苦労が多かったが、お客様の研究成果の一部に自分たちの技術が関われることが何よりの喜びでした。」

小さな装置メーカーから始まった挑戦は、後に世界的な精密技術へとつながっていく。

産学連携が拓いた新たなフィールド

転機は2000年代、理化学研究所や大阪大学との共同研究成果による放射光用X線ナノ集光ミラーの実用化開発だった。
「X線をナノメートルスケールで集光する技術は、当時世界では実現されていませんでした。」

鏡面の形状精度は原子数個レベル、表面粗さは数ナノメートル単位。
この精度を実現するためには、大阪大学の技術をもとに独自のナノ加工・ナノ計測装置の開発が必要だった。
「材料工学、機械設計、制御工学――多くの分野の知恵を結集して取り組みました。
そこでは、半導体製造技術と共通する“精密制御”と“安定性”の思想が生きています。」

結果として、ジェイテックは放射光用X線ミラーで世界トップクラスの超高精度製造技術を確立。
産学連携を“成果の社会実装”につなげた稀有な企業となった。

半導体分野への展開 ― 精密加工技術の応用

こうした精密光学や自動化技術の蓄積は、近年、半導体分野へも広がっている。
「パワー半導体の基板研磨や切断など、微細加工の世界では、わずかな誤差が性能に直結します。
私たちが放射光ミラーで培ったナノレベルの位置決めや表面加工制御の技術は、半導体の加工現場でも通用します。」

津村氏は、装置メーカーの存在意義が変化していると感じている。
「これからの装置メーカーは“つくるだけ”ではなく、技術を統合して価値を提案する立場になるべきです。
素材メーカーや大学研究者、ユーザー企業をつなぎ、開発初期から共創する。
その調整力と提案力が、ものづくりの競争力を決める時代です。」

ジェイテックは現在、大学や研究機関と連携しながら、次世代パワーデバイス、SAWフィルターやMEMS向け等に4つの次世代研磨装置の開発を進めている。

特にPAP加工装置はダイヤモンド基板の研磨が優れており、現在のデーターセンターでは耐熱性に優れた半導体デバイスが必要不可欠で、ヒートシンク用ダイヤモンドウェハの製造を目指す企業からの引き合いが急増している。
「研究室でしかできなかったプロセスを、産業レベルに拡張する。
その橋渡しを担うのが私たちの役割だと考えています。」

研究と産業をつなぐ「翻訳者」として

津村氏の言葉の中には、しばしば「翻訳」という表現が登場する。
それは言語ではなく、研究と産業、技術と社会をつなぐ翻訳だ。

「大学の研究は非常に価値がありますが、そのままでは現場で使えません。
社会実装するには、装置やシステムとして“現場で動く形”に変える必要がある。
その橋渡しをする“翻訳者”がいなければ、研究は社会に届かないんです。」

ジェイテックが大手企業と共同開発した自動細胞培養装置もその一例だ。
生命科学の研究者が行っていた熟練作業を、装置化することで再現。
「人の手技を機械に置き換えることで、再現性と効率を飛躍的に高めることができました。
こうした“研究現場の課題を社会の価値に変える”ことこそ、私たちの使命だと思っています。」

若手へのメッセージ ― 「主体性を持って動く」

長年、産学連携と開発の最前線に立ってきた津村氏が、若い技術者に最も伝えたいのは“主体性”の重要性だ。

「自分で考え、提案し、実際にやってみること。
上からの指示を待つのではなく、自分の意志で動くことが大切です。
主体性とは、責任を持って行動するということなんです。」

ジェイテックでは、若手社員にも顧客折衝や設計判断を任せる文化がある。
「現場で自分の判断が形になる。そこに成長があります。
失敗しても、自ら考えた行動には必ず学びが残る。
主体的に動く人ほど、チームを動かし、組織を変えていく力を持っています。」

そして静かに言葉を結ぶ。
「自分で考えて、自分で動く。その繰り返しが信頼を生みます。
主体性を持って動くこと――それが、技術者としての一番の財産になると思います。」

未来への視座 ― 技術を社会につなぐ仕組みを

創業から30年、津村氏が今重視しているのは、“個人の力を社会につなぐ仕組み”の構築だ。

「一人の技術者だけでは社会は変えられません。大学、企業、自治体が連携し、研究成果を産業へとつなげる“エコシステム”が必要です。日本の強みは依然として“つくる力”にありますが、これを社会で活かす仕組みを整えることが次の課題です。」

技術を社会につなぐこと。
それは、単に装置を生み出すことではなく、技術者の意思を社会に反映させることでもある。

「自分の技術で社会を良くしたい――その思いがあれば、どんな分野にも可能性があります。
技術者がもっと主体的に動く社会になれば、日本のものづくりはまだ進化できると思います。」

【次回予告】

後編:NANDが灯した再挑戦 ― 現場から見た半導体の再生

東京芝浦電気株式会社(現・東芝)に入社にプラズマ微細加工の技術開発に従事した長谷川 功宏社外取締役。理論と量産のギャップを埋めたのは、技術へ落とし込む“翻訳力”だった。四日市工場の再生より学んだ「現場の数字が経営を動かす」時代へ。日本の製造を、長谷川氏の実践から読み解く。

参考リンク

株式会社ジェイテックコーポレーション: https://www.j-tec.co.jp/

※本記事の内容は、株式会社ジェイテックコーポレーションへの独自取材に基づいて構成されています。

>>後編はこちらから

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