日本半導体技術者育成モデルに変革の兆し──育成し直しの時代へ

キャリアパス
この記事を読むのにかかる時間: 3

日本の半導体業界では、技術革新の急加速とともに技術者不足が深刻化している。かつてのように出身大学や現場OJTによる選択だけに依存する人材戦略では、成長を支えきれなくなってきた。こうした中、現場を支えるリスキリング施策や教育モデルが、静かに、しかし確実に刷新されつつある。

本稿では、福岡半導体リスキリングセンター、SEMI University、大学との連携教育、企業の教育制度など、日本国内で始まっている「育て直しの現場」の実例を紹介する。そして、自社の教育・研修体制を再設計する上でのヒントを提示するとともに、海外事例との比較から日本モデルの特性を考察する。

地方発、業界連携型の育成拠点:福岡半導体リスキリングセンター
2024 年、福岡県は九州大学や産業技術総合研究所などと連携し、福岡半導体リスキリングセンターを設立した。
ここでは、AI やデバイス設計、半導体製造の実機研修を軸とし、経験者・未経験者問わず、年間最大 2,000 人の技術者育成を目指す。同センターは、地元企業の即戦力需要に応えるだけでなく、台湾TSMC の熊本進出を見据えた技術人材の裾野拡大を意識している。

SEMI University:業界横断で学ぶ、リカレント教育の中核
SEMI Japan が運営する SEMI University は、世界各国の半導体技術や製造現場の実態を踏まえた、体系的なオンライン教育プラットフォームである。2023 年以降、日本語での提供も拡大し、現場技術者やマネージャー向けのリカレント教育として注目されている。コースには前工程から後工程、材料、装置、品質保証に至るまでの多様なモジュールがあり、企業ごとのカスタム研修も可能だ。

大学と地域を結ぶ、教育カリキュラム:岡山大学の挑戦
岡山大学は 2023 年、産学連携による半導体教育プログラムを本格展開。装置メーカーや材料企業と連携し、実験と講義を融合した実践型カリキュラムを提供している。
また、教育後の就職支援や、インターンシップ制度を通じて、学生が地元企業や中堅メーカーにスムーズに就職できるようサポートしており、「地元定着型技術者」の育成モデルとして注目される。

組織内で“越境学習”を:新電元工業のキャリア支援制度
東京都に本社を置く新電元工業は、サステナビリティ戦略の一環として社員のリスキリングとキャリア支援を強化。特に社内の異動制度や越境型の業務機会を活用し、部門間での知識共有とスキルの多様化を進めている。
同社の「サステナビリティレポート 2024」によれば、技術革新のスピードに対応するために、継続的な学習と社内教育制度の整備が不可欠であるとされている。
(参考:サステナビリティレポート2024 新電元工業
https://www.shindengen.co.jp/csr/report/files/docs/2024SustainabilityReport_ja3.pdf)

海外事例:米・台は国家レベルでの投資額と産学連携の多さ
米国では、CHIPS and Science Act に基づき、Intel や Micron が大学と提携した半導体教育施設を各州に設立。台湾でも、TSMC と提携した「大学院型訓練プログラム」により、実践即戦力人材の大量供給を実現している。
日本との違いは、国家レベルでの投資額が多いことと、産学連携が盛んなことである。


今こそ自社の「育成力」を問い直す時
日本の半導体人材育成は、制度やスローガンではなく「現場からのフィードバック」によって、いま静かに再起動を始めている。即効性のある施策は少ないものの、福岡半導体リスキリングセンターのような地域連携や、組織内越境制度といった小さな取り組みの蓄積が、いずれ業界全体の競争力を底上げする起点となるだろう。

各企業とも、今こそ自社の「育成力」を問い直す時なのだ。


TMH 編集部 坂土直隆

TOP
CLOSE
 
SEARCH