2025年9月25日、日本の単結晶・光部品・レーザ光源・光計測装置などを開発・製造・販売する企業、オキサイドと子会社オキサイドパワークリスタルは、名古屋大学らと共同で「溶液成長法(液相成長法)」による炭化ケイ素(SiC)単結晶ウエハの試作成功を公表した。ラインアップは6インチのp型、6インチと8インチのn型とされ、いずれも量産を視野に入れた構成だ。
SiCパワー半導体は、EVの高耐圧インバータ、再エネの電力変換、高圧直流送電などで不可欠な材料である。ここ数年、需要は急増している一方で、基板供給は脆弱だ。特にp型大口径ウエハは世界的に生産量が限られ、デバイス開発のボトルネックになっている。
今回示された溶液法SiCは、従来主流の昇華法とは異なるアプローチで「欠陥抑制」と「コスト競争力」の両立を狙うものだ。これまで“研究室レベル”と見られがちだった溶液法が、大口径でp型を含む試作に至った意義は大きい。
本稿では、技術の特徴、量産化に向けた課題、そしてサプライチェーンへの波及までを総合的に考察する。
溶液法SiCとは何か──昇華法に対する“第二の本命”

SiC単結晶ウエハの製造は、は長らく昇華法が主流だった。昇華法は原料SiCを高温で気化させ、気相から種結晶へ再結晶させる方式で、大口径化のノウハウも確立している。しかし、この方法は気相から固相への急峻な遷移が避けられず、界面の乱れや温度むらによって欠陥が生じやすい。とりわけp型ウエハはドーパント分布のばらつきが大きく、大口径化の壁となってきた。
これに対し、今脚光を浴びている「溶液成長法」は、炭素坩堝の内部で液状シリコンに炭素を溶かし込み、SiC溶質をゆっくり種結晶へ析出させる仕組みだ。液相を介するため結晶応力が生じにくく、転位や積層欠陥、マイクロパイプなどの欠陥発生を構造的に抑制できる。
しかし一方で、液相は温度場・濃度場・流動場が複雑で、成長条件の最適化が難しいという難点もある。理論的な優位性は知られていたが、「実装が困難」という理由から量産手法としては長年日の目を見なかった。
それが近年になり、名古屋大学を中心に、溶液法に特有の界面不安定性を抑制する成長条件モデルが整備され、2019年には6インチ結晶の基礎条件が確立された。
今回は、AIを活用したデジタルツインにより、温度や濃度の膨大なパラメータを高速で探索し、6インチp型および6/8インチn型を安定成長させる条件を発見したとされる。“机上の理論から実用的プロセスへ”という段階に一歩進んだことになる。
6インチp型・8インチn型の意義──“大口径×p型”がそろう衝撃

今回の発表で最も重要なのは、次の2点である。
・6インチp型SiCの試作成功
・6インチ/8インチn型SiCの同時試作
特にp型は意味が大きい。p型SiCウエハは、MOSFETやダイオードの構造を成り立たせる上で不可欠だが、昇華法ではドープ制御が難しいため、大口径化が遅れてきた。世界的にも「p型大口径の供給不足」は深刻で、各国のデバイスメーカーが量産計画の調整を余儀なくされている。
今回6インチp型が溶液法で形成できたことは、“8インチ時代のp型量産”の技術的障壁を一つ超えたことを意味する。加えて、8インチn型の試作も示された。現在のSiCウエハ市場は6インチが主流で、8インチ移行はコスト低減の中核施策と位置づけられている。8インチの試作成功は、溶液法が「スケールアップ可能な技術である」ことを印象づける。
さらに、ウエハ単独ではなく、エピタキシャル成長・研磨・薄膜形成・検査といった下流工程との協業が動き始めていると報じられる。これは単なる実験結果ではなく、商用化を前提に“産業プロセスとして成立させる”段階に入りつつあることを意味する。
なぜ欠陥低減とコスト競争力が両立するのか

1.品質面
昇華法では、固相化の急激な界面変化によって転位・積層欠陥・マイクロパイプなどが生じやすい。温度むらが避けられず、温度勾配を完全に制御することは難しい。
一方、溶液法は液相を介するため、界面の動きが穏やかで、成長が均一に進む。近年は、界面不安定性を理論的に解析したモデルが整備され、その条件をAIが探索する形で成長破綻を抑え込むアプローチが確立しつつある。
2.コスト構造
SiC基板価格は、デバイス価格の相当部分を占める。特に大口径化はチップ取り数の増加につながり、コスト低減の直接的手段である。溶液法は、材料ロスが比較的少ない構造であり、成長工程の効率化によって価格競争力を高められる余地がある。
市場データでは、SiCウエハ市場は2025年に約10億ドル規模、2030年には約30億ドルへ成長すると見込まれている。供給不足が続く中、安価かつ高品質な基板供給は、国際競争力を左右する最重要要素となる。
量産に向けたハードル──スループットと下流適合、品質保証

1.スループットの確保
単結晶成長速度、インゴットの歩留まり、複数炉の同期成長、条件再現性など、量産プロセスに求められる要素は多い。溶液法は構造的に成長に時間を要するため、1ロットの処理量が商用レベルまで引き上げられるかが鍵となる。
2.下流工程との整合性
エピ成長やCMP研磨の装置・プロセスは、長年昇華法ウエハを前提に最適化されてきた。溶液法特有の結晶特性(残留応力や微細欠陥の分布)に合わせた条件再設計が必要だ。特に8インチは装置対応がまだ広がっておらず、量産化に向けた投資も不可避である。
3.品質保証と信頼性評価
最終的には、デバイスメーカーによる長期信頼性試験が必須となる。耐圧試験・ロット間バラツキ管理・欠陥検査体制など、量産品質を保証するための仕組みづくりには時間と設備投資が必要だ。
サプライチェーンへの波及──日本発SiCが持つ“産業的意味”

SiCパワー半導体は、EVのインバータや再エネ向け電力変換装置だけでなく、データセンターの高効率電源、高圧直流送電、鉄道・産業機器など幅広い用途で必要とされる。特に、800V級EVインフラの普及やデータセンターの電力密度増加により、「p型大口径SiC」の需要は今後確実に拡大する。
世界では、米国・欧州・中国がSiCの戦略投資を加速しているが、p型大口径の供給能力は依然として限られる。今回、日本企業が溶液法という新たな選択肢を提示したことで、供給の多元化と国際競争力の強化につながる可能性がある。
また、研磨・エピ・装置メーカーとの分業体制が整えば、日本のSiCサプライチェーンがより自立的に機能し、海外依存度を下げる効果も期待される。
SiCは素材・装置・加工技術の複合産業であり、基板の国産化はその基盤を大きく強化する。
溶液法SiCの量産化で大きく変わるサプライチェーンの地図

今回の試作成功は、溶液成長法が研究段階を超え、「産業化の入り口」に立ったことを示すものである。
6インチp型と8インチn型をそろえたラインアップは、量産を意識した技術的根拠となり得る。世界的に不足するp型大口径の供給に、日本企業が具体的な解決策を示した形となる。
もちろん量産までの課題は多い。成長速度や歩留まり、下流工程の適合、品質保証など、解くべきテーマは山積している。商用ベースの安定供給体制を確立するには、数年規模の時間を見込む必要があるだろう。
それでも、溶液法SiCが示した可能性は大きい。材料ロスを抑えやすく、高品質化とコスト競争力を同時に追求できる構造を持つこの手法は、SiC産業の次のステージを形づくる選択肢になり得る。
EV、再エネ、データセンター、電力インフラなど、SiCを必要とするあらゆる分野で、基板供給の制約は長らく産業成長のブレーキとなってきた。今回の技術進展は、そのボトルネックを日本発の技術が揺さぶる可能性を示すものだ。
溶液法SiCの量産化が本格化すれば、SiCサプライチェーンの地図は間違いなく変わる。今後の展開に注目したい。
*この記事は以下のサイトを参考に執筆しました。
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