マイクロン広島に経産省が最大5,360億円投入!-“AIメモリ拠点”を政府支援がどう変えるか

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2025年9月12日、経済産業省は米国Micron Technology(マイクロン・テクノロジー)の日本法人であるマイクロンメモリ ジャパンの広島工場に対し、最大5,360億円規模の新たな補助を決定した。内訳は、生産設備の増強に対する最大5,000億円と、省エネルギー化など研究開発への最大360億円である。

この決定は、2020年代前半から続くマイクロン広島支援の「第3ラウンド」と位置づけられる。日本政府が2030年度までに半導体・AI産業向けに10兆円超の公的支援を行う方針を掲げるなかで、広島は「先端メモリの国内拠点」として戦略の中核に組み込まれつつある。

本稿では、この日本政府の補助について、①継続支援の中身、マイクロン広島プロジェクトの最新状況とロードマップ、日本の半導体・AI戦略の中でこの案件が持つ意味を検証する。

5,360億円支援の全体像

1. 補助金の規模と内訳

今回の支援は、報道および企業発表を総合すると次のように整理できる。

• 生産基盤の強化:最大5,000億円(設備投資の約3分の1を支援)
• 研究開発支援:最大360億円(省エネ・高性能な次世代DRAMの開発支援)

経済産業省は、広島工場での次世代DRAM量産計画を前提に、長期的なAI・自動運転向けメモリ需要に応える国内生産基盤を確保することを目的としている。広島県内の報道でも、支援対象が「次世代DRAMの量産」であることが明確に示されている。

マイクロン側は、今回の助成決定を受けて、AI向け高性能メモリの開発と生産体制を日本でさらに強化する方針を公表している。

2. マイクロンの投資計画とタイムライン

マイクロンは広島拠点に対し、約1兆5,000億円規模の投資を計画している。対象は、マイクロンが使用している独自の呼称で、特定の最新かつ高性能な製造技術世代を指す「1γ」ノード世代の先端DRAMおよび高帯域・低消費電力のAI向けメモリである。

公表ベースでは、おおよそ次のようなタイムラインが示されている。

• 広島への総投資額:約1兆5,000億円
• 対象:1γ世代を含む先端DRAMやAI向け高帯域メモリ
• 量産開始目標:2027年ごろに次世代DRAM量産を開始
• 出荷開始目標:2028年前後
• 生産能力目標:2030年までに月産4万枚規模(300mmウエハ換算)

今回の5,360億円は、この1兆5,000億円規模の投資計画の一部を支えるものであり、設備投資全体の約3分の1をカバーする設計になっている。

3. 「継続支援」としての位置づけ

マイクロン広島に対する日本政府の支援は、今回が初めてではない。過去の案件も含めると、補助金の累計額は約7,700億円規模(公表ベースの合算)に達する。

大まかには次の3つのフェーズで進んできた。

• 第1ラウンド:1α・1β世代など先端DRAMへの投資支援
• 第2ラウンド:EUV露光を用いた1γ世代DRAMの開発・量産支援
• 第3ラウンド:今回の5,360億円(設備最大5,000億円+研究開発最大360億円)

日本政府はマイクロン広島への投資を単発の案件としてではなく、プロセス世代をまたぐ長期プロジェクトとして段階的に考えていることが分かる。

支援の狙い——AIメモリ・経済安全保障・国内エコシステム

1. AI時代のメモリ製造拠点づくり

生成AIの普及により、GPUやAIアクセラレータと組み合わせて使用される高帯域メモリの需要が急増している。リサーチサービスBloomberg Intelligenceなどの調査では、HBM(High Bandwidth Memory)市場が2020年代初頭の数十億ドル規模から2030年代初頭にかけて1,000億ドル規模へ拡大し、DRAM市場全体に占める比率も大きく高まると見込んでいる。

HBMは多数のDRAMチップを垂直方向に積層し、高速なデータ転送を可能にするメモリである。GPUやAIアクセラレータとの組み合わせで使用され、生成AI向けサーバや高性能コンピューティング向けシステムに不可欠になりつつある。

マイクロンも「HBM3E」などの製品を市場投入しており、広島工場はこうした高性能メモリの供給能力を支える拠点と位置付けられている。今回の支援では、

• 高帯域・低消費電力のDRAM
• EUV(極端紫外線)露光を用いた先端プロセス

が重点対象になっており、AIサーバ向けDRAM・HBMの生産能力を日本国内に確保する狙いが明確である。

2. 10兆円規模の国家戦略との接点

日本政府は、2030年度までにAI・半導体産業向けに10兆円超の公的支援を行う構想を示している。経済産業省が2024年に公表した半導体再興戦略では、

• 先端ロジック(2nm世代など)
• メモリ・パワー半導体
• 先端パッケージ、製造装置、材料
• 人材育成、国際連携

といった領域を一体で支援し、2030年に国内半導体売上高15兆円規模を目標に掲げている。

マイクロン広島への追加支援は、この国家戦略の中で「メモリ分野」に割り当てられた大型案件の一つである。Rapidus(ラピダス)やTSMC熊本といったロジック系案件と並び、AI時代に必須となるメモリ供給を日本国内で担う体制を整える役割を持つ。

3. 広範な国内サプライチェーン全体に波及

広島工場では、原材料の約8割を国内から調達していると報じられている。この構造は、補助金が海外企業の単一工場だけに向かうのではなく、

• レジストや現像液、CMPスラリなどのケミカルメーカー
• シリコンウエハ、ターゲット材、フォトマスクなどの材料メーカー
• 前工程装置・検査装置メーカー
• 保守・エンジニアリング・物流企業

といった広範な国内サプライチェーン全体に波及することを意味する。

マイクロンは広島工場での人材採用・育成にも力を入れており、地域の大学や高専と連携した技術者育成プログラムも進めている。地域雇用やスキル蓄積の観点から見ても、補助金の政策目的と整合的な案件だと言える。

マイクロン広島プロジェクトの最新状況とロードマップ

1. 1γ世代DRAMとEUV量産ライン

マイクロンは、1γ世代DRAMの開発・量産拠点として広島工場を位置づけている。1γ世代DRAMとは、マイクロンが使用している独自の名称で、1α、1βに続く先端世代のこと。より微細な回路パターンと低消費電力特性の両立を狙うプロセス技術である。

1γ世代の量産には、EUV露光を用いた先端リソグラフィが不可欠となる。広島拠点には、EUV露光装置をはじめとする最先端の前工程装置群が導入される計画であり、

• GPU向け高帯域メモリ
• データセンター・AIサーバ向けDRAM
• 自動運転や高度運転支援システム向けメモリ

など、多様な用途向けメモリを広島から供給する構想が発表されている。

2. 中長期の生産計画

メディア情報によれば、広島プロジェクトの大枠は次のように計画されている。

• 2025〜2027年:新棟建設、クリーンルーム整備、EUV装置導入と立ち上げ
• 2027年ごろ:1γ世代DRAMの量産立ち上げ
• 2028年:本格出荷開始
• 2030年:月産4万枚規模まで能力増強

これらは市況や技術進捗によって変動し得るが、政府支援の枠組みが2020年代後半を見据えて設計されていることから、少なくとも2030年前後までは広島工場が先端DRAM生産の中核拠点として運用される前提で政策が組まれている。

マイクロンの投資タイムラインと、日本政府の10兆円支援構想の時間軸がいずれも2030年前後を一つの節目としている点も、両者の連動性を示している。

3. マイクロンのグローバル展開の中での広島の位置づけ

マイクロンは日本(広島)に加え、米国ニューヨーク州やアイダホ州などでも先端メモリ投資を進めている。広島はその中で、

• 1γ世代DRAM
• AIサーバ向け高帯域メモリ
• 車載・産業向け高信頼性メモリ

といった領域を担う重要拠点として位置付けられているとみられる。

米国拠点が国内製造や安全保障の観点からの役割を担う一方で、日本拠点は成熟した材料・装置サプライチェーンと結び付いた「技術・量産の両立拠点」として機能する構図だ。広島の役割は、単に「海外生産の一つ」ではなく、先端メモリ技術と国内エコシステムの接点になっている。

装置・材料・人材への波及——日本サプライチェーンのチャンスと課題

1. 長期運転を前提とした装置・保守ニーズ

広島工場は、先端DRAMラインとして少なくとも10年程度の長期運転を前提に計画されている。こうした最先端ラインでは、

• EUV露光装置および周辺装置のリプレース・アップグレード
• エッチング・成膜・洗浄装置の世代更新
• インライン計測・検査装置の高性能化

といったニーズが継続的に発生する。装置メーカーにとっては、単発の新設投資ではなく、プロセス世代の更新や歩留まり改善と連動した「継続案件」として位置づけられる。

HBMや高付加価値DRAMの製造では、パッケージングやテスト工程との連携も重要となる。このため、マイクロンの広島プロジェクトと接点を持つことは、将来の3次元実装やパネルレベルパッケージングなど、より高度な実装技術に関するノウハウ蓄積にもつながる可能性がある。

2. 材料・部材調達“国内8割”をどう生かすか

原材料の約8割を国内から調達しているという点は、材料・部材サプライヤにとって大きな意味を持つ。対象となり得るのは、例えば次のようなプレーヤーである。

• レジスト、現像液、CMPスラリ、洗浄液などのケミカル
• シリコンウエハ、フォトマスク、ターゲット材
• 特殊ガス、パッケージ材料、インターポーザ関連材料

すでにマイクロンと取引関係を持つ企業は、1γ世代やHBM向けに仕様を高度化することで、単価と数量の両面でビジネスを拡大する余地がある。

一方で、環境対応やトレーサビリティへの要求水準も高まる。PFAS(有機フッ素化合物)規制への対応や、CO₂排出原単位の改善など、サステナビリティ指標を含めた提案力が求められる場面が増えると考えられる。単に「供給できるかどうか」ではなく、「環境性能やデータ提供を含めた総合提案」が重要になっていく。

3. 人材・地域エコシステムへの影響

広島県や地域メディアの資料では、DRAMの役割やマイクロン広島工場の概要とともに、地域の雇用や産業集積に対する期待が示されている。

具体的には、

• 大学・高専との共同教育プログラム
• 地元企業との技術連携・サプライチェーン構築
• 住環境やインフラ整備を含めた「半導体産業都市」としての機能強化

といった取り組みが進みつつある。

熊本や北海道でも同様の動きが見られるが、メモリ工場が集積する広島では、前工程に加えてテスト・評価・信頼性試験など、メモリ特有のスキルセットが蓄積される可能性が高い。人材市場の観点からは「ロジック」「メモリ」「パワー半導体」のそれぞれで地域ごとの特徴が出てくる局面に入りつつある。

日本の半導体支援の中でのマイクロン広島とは

日本の半導体支援は、ロジック、メモリ、パワー半導体、パッケージなどを並行して進める「多軸並行」の構造になっている。おおまかには次のような役割分担で語られることが多い。

• ロジック最先端:Rapidus(ラピダス)(2nm級プロセスを目指す国内企業連合)
• ファウンドリN-1ノード:TSMC熊本(JASM)による自動車・産業向け量産
• メモリ:マイクロン広島(先端DRAM・HBM)
• パワー半導体:国内企業によるSiCやGaNへの投資

この中でマイクロン広島案件は、特に次の3つの特徴を持つ。

1つ目は、AI向けメモリの世界的サプライチェーンに「日本製造」を組み込む役割を果たしている点である。HBMや高性能DRAMは、生成AIや大規模データ解析の前提となるインフラであり、その一部を日本国内で担うことは、技術・安全保障の両面で意味がある。

2つ目は、国内の材料・装置・人材への波及を前提にした「エコシステム型」の支援案件である点である。原材料の国内比率が高く、大学・高専との連携も進む広島は、単なる「誘致案件」にとどまらず、周辺産業と一体で育てていくモデルケースとして位置づけられている。

3つ目は、10兆円規模の国家プログラムの中で、メモリ分野に配分された象徴的な大型案件である点である。ロジック案件に目が向きがちななかで、「AIメモリ拠点」としての広島をどう活かすかは、日本全体のポートフォリオを考えるうえで重要な論点になる。

メモリ工場は量産期間が長く、プロセス更新も連続的であることが多い。日本企業にとっては「短期のブーム」で終わらせず、長期の技術・ビジネス関係を築く場として捉えることが重要になる。

「AIメモリエコシステム」の日本版モデルケース

マイクロン広島への最大5,360億円の継続支援は、金額の大きさだけでなく、日本の半導体・AI戦略の「重心」がどこに置かれているかを示す案件と言える。

半導体業界の各企業がこの案件をフォローしようとする場合、少なくとも次の4点をチェックしておくと、自社の戦略に落とし込みやすくなる。

・量産スケジュールと製品構成
・設備・プロセスの更新サイクル
・サプライチェーン条件(国産比率・環境要件)
・人材・地域連携の枠組み

マイクロン広島の継続支援は、単なる「補助金ニュース」ではなく、材料・装置・設計・パッケージング・人材育成を含む、AIシステムにおけるメモリ技術を中心に、関連する技術、製品、企業、標準化団体などが相互に連携し、共存共栄する経済圏と言うべき「AIメモリエコシステム」の日本版モデルケースと見ることができる。

*この記事は以下のサイトを参考に執筆しました。
参考リンク

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