2025年11月、中国政府は、これまで対米輸出を禁じていたガリウム、ゲルマニウム、アンチモンなどの「デュアルユース」金属について、輸出禁止を1年間停止する旨を発表した。さらに、同年10月に公表されたレアアースおよび関連重要鉱物資源に関する包括的な輸出管理強化措置についても、2026年11月まで一時停止することが決定された。
この措置は、米国との通商関係の緊張緩和を目的とした政治判断の側面が強く、制度としての「輸出管理制度」が維持されたまま、運用を一時的に停止するものにとどまる。日本の半導体、電子部品、電動化(EV)関連事業は、こうしたクリティカルミネラルへの依存を無視できず、今回の措置は“猶予”を与えるに過ぎない。
本稿では、公開情報をもとに、①中国規制の内容と“停止”の意味、②日本産業におけるクリティカルミネラル依存の実態、③今後想定される制度リスクの構造、を整理することで、日本企業がどこに目を向けるべきかを明らかにする。
中国規制の概要と「停止」の実態

中国は2025年4月、サマリウム、ガドリニウム、テルビウム、ジスプロシウム、ルテチウム、スカンジウム、イットリウムといった中・重希土類7元素を対象に、輸出管理制度を導入。これにより、関連金属や酸化物、合金、混合物、製品まで“許可制輸出”の対象となった。
同年10月には、さらに管理対象を拡大し、重希土類金属だけでなく、レアアース原材料、関連設備、関連技術なども規制対象にする方針を発表。対象品目は鉱石だけでなく、精製や合金、磁性材料、装置、技術提供など広範囲に及ぶことが明示された。
しかし、2025年11月7日、同年10月に発表された一連の規制措置について、実施を2026年11月10日まで1年間停止するとの公告があった。これにより、当面は輸出制限が「棚上げ」とされた。
さらに、11月9日には、ガリウム、ゲルマニウム、アンチモンなどに対する対米輸出禁止措置も、1年間停止されると中国商務部が発表。
ただし停止は「一時的」であり、制度的な輸出管理の枠組みは維持されたままである。つまり、法令や制度が消えたわけではなく、運用を止めただけという性質である。
このように、今回の措置は「規制撤廃」ではなく「運用の一時停止」であり、制度としての“レバー”は依然として中国政府の手元に残っている。
日本産業におけるクリティカルミネラル依存の現状

日本の産業構造、とりわけ半導体、電子部品、磁石、電動化(EV・モーター)、再生可能エネルギー関連は、ガリウムやレアアースといった希少金属に対する依存が高い。
特に以下のような用途で顕著である:
• パワー半導体や高周波デバイス:ガリウムおよびゲルマニウムは化合物半導体材料として不可欠。
• モーター用永久磁石(EV、産業モーター、風力発電用など):重希土類を用いたネオジム磁石、サマリウム磁石などが主流。
• 光通信・通信インフラ:希土類やガリウム/ゲルマニウムを用いた磁性材料、半導体、光学材料。
加えて、日本国内におけるレアアース鉱山のほとんどが枯渇、あるいは稼働停止しており、実質的な供給源としては中国産が圧倒的な比率を占めてきた。この構造は、“高機能部材/部品を作る技術力” を持つ日本企業にとって、素材面での根幹依存を意味する。
今回の中国の「運用停止」は、目先の材料調達を可能とするが、一歩引けば「供給が中国の政治判断に左右されうる構造」があらためて浮き彫りになる。
また、2025年4月に導入された輸出管理制度は、たとえ今回の停止終了後に復活したとしても、重希土類の「合金・混合物」「加工品」「設備」「技術」まで対象とする広範囲なものだった。
つまり、「単なる素材」だけでなく、下流の磁石素材や電子部品に至るまで、制度の“枠”がかかっていたのである。
芯となるリスク構造:制度“待機”の出口の不透明性

今回の一時停止措置は、対米交渉上の“カード”を温存したまま、供給の“猶予”を与えるものにすぎない。以下のような制度リスク構造が残る。
• 停止期間は2026年11月までという明示された期限付き。期限到来後に再施行される可能性がある。
• 停止対象は2025年10月の規制措置および対米輸出禁止。だが、2025年4月の「中重希土類7元素対象の輸出管理制度」(ライセンス制)は継続されており、再び対象が絞られる可能性は残る。
• 輸出管理の枠には「原材料」「合金」「混合物」「磁性材料」「装置」「技術提供」まで含まれており、単に素材だけでなく、部材、装置、技術移転を含むサプライチェーン全体が対象となる構造だった。
このような制度構造は、「中国側が必要と判断すれば、いつでも規制スイッチを再度入れられる余地」を残しており、単なる素材供給問題ではなく、サプライチェーン全体の制度的なコントロールリスクを意味する。
なぜ日本企業は“静かな依存”の認識を持ちづらかったか

日本の多くの製造業・技術開発企業は、素材の調達を“当たり前”と捉えやすく、「鉱石→精製→合金→部材→デバイス/部品」というサプライチェーンの上流にある“鉱物供給”を意識しづらい構造にあった。
また、これまで中国の供給が安定していたため、リスク認知が低かった。だが、今回のように制度リスクが顕在化すると、依存構造の「見えづらさ」がむしろ欠点になりかねない。
さらに、レアアースの精製・分離、合金化、磁石化など中間工程は、国際的にも“中国集中”という構造が続いており、素材調達「だけ」でなく、工程依存もまた日本産業にとっての構造的弱点である。
近年、世界的な脱炭素、電動化、半導体の高機能化の潮流の中で、これらクリティカルミネラルの需要は急増してきた。しかし、供給構造の根幹が中国に集中しているため、“安定供給”という前提が揺らぎやすい。
経営の強靱化への「準備期間」として活かすべき

中国によるガリウムおよびレアアース関連の規制強化と、その一時停止という今回の一連の動きは、日本企業にとって一時的な安堵を与えると同時に、供給依存の根幹にあるリスク構造をあらためて炙り出した。今回の「停止」は所与の事実であり、制度枠は維持されたままだ。
したがって、日本企業は、これを単なる「素材調達が復活した」という安堵材料と捉えるのではなく、むしろ自社のサプライチェーンのどこに、“見えづらい依存” があるのかを明確化する機会とすべきである。
特に、素材そのものではなく、精製・合金化・磁石化・加工・部材化といった中間工程での依存が、将来の供給リスクの核心となる可能性が高い。今回のような制度変更に振り回されないよう、調達構造の可視化と、サプライチェーンの見直しを経営課題として再設定する必要がある。
今回の「1年の猶予期間」は、単なる余裕ではない。むしろ、供給構造の再点検と経営の強靱化(レジリエンス強化)への「準備期間」として活かすべきである。
*この記事は以下のサイトを参考に執筆しました。
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