ラピダスの北海道・千歳進出が、人材面で新たな局面を迎えている。日本政府は、ポスト5G情報通信システム基盤強化研究開発事業などの枠組みを通じて、ラピダスへの委託研究予算として2022年度以降の累計支援上限1兆7,225億円を設定している。このうち、2025年度分としては、前工程6,755億円・後工程1,270億円の合計最大8,025億円の追加支援が、2025年3月に正式決定された。いずれも、2027年の2nm世代ロジック半導体の商業生産開始という目標を後押しすることが狙いである。
2024年12月には、千歳の半導体開発製造拠点「IIM-1(Innovative Integration for Manufacturing)」に、オランダの半導体製造装置メーカーASML社製のEUV(極端紫外線)露光装置が搬入された。2nm世代の先端ロジック半導体を量産するために不可欠な装置であり、日本国内への量産対応EUVの導入は初めてとされる。
さらに翌年の4月には、IIM-1でプロトタイプ向けのパイロットラインが稼働を開始し、生産に必要な装置や搬送システムの導入が本格化している。ラピダスは、2027年の量産開始を当面の目標に掲げ、海外IT大手との協議も進めている。
こうした「設備」「資本」に関する動きと並行して、2025年10月には、ラピダスの進出を受けて北海道内の高専や大学が半導体人材育成の拠点として動き始めている状況が報じられた。ラピダス進出を契機に、地域の教育機関を巻き込んだ人材クラスタ形成が進みつつある構図である。
本稿では、この1年間の動きを「人材」という軸で整理し、今後のラピダスを中心とした北海道での動きを押さえる論点を提示する。
ハードと公的資金はほぼ出揃う――次の焦点は人材
1. IIM-1とEUV導入

ラピダスは、北海道千歳市の美々ワールド工業団地に建設中のIIM-1を、2nm世代のロジック半導体の開発・製造拠点と位置づけている。2nm世代は、回路線幅がおおよそ2nmクラスの先端プロセスであり、高速かつ低消費電力を特徴とする。
IIM-1には2024年末、ASML社製のEUV露光装置が搬入された。EUV露光装置は、波長13.5nmの極端紫外線を用いてシリコンウエハー上に微細な回路パターンを描く装置である。2nm世代の微細加工では必須の装置であり、1台あたりの価格が数百億円規模に達するとされる大型投資だ。
この導入により、IIM-1は研究開発中心のフェーズから、試作段階を経て量産を見据えた装置構成へと移行しつつある。設備面でのコミットメントが明確になったことで、今後は「それを動かす人材」の量と質が、投資回収の前提条件になっていく。
2. 2025年度予算と2027年商業生産目標
2025年3月31日に経済産業省が公表した決定内容では、前工程6,755億円・後工程1,270億円、合計最大8,025億円の追加支援が正式に承認された。これにより、2022年度以降の委託研究予算としての支援上限は累計1兆7,225億円に達している。
2025年4月からは、千歳工場でプロトタイプ向けパイロットラインの稼働が始まり、パイロットライン立ち上げと2nm技術確立に向けた装置・システム投資が本格化している。ラピダスは2027年の商業生産開始を目標としており、海外のIT大手企業と量産に向けた協議も進めている。
設備と公的資金という「ハード面」での大枠は、この1年でほぼ形が見えてきた。したがって、ラピダス千歳については「工場ができるか」よりも、「どの程度のスピードと品質で立ち上がるか」が主要な論点に移りつつあり、その鍵を握るのが人材基盤という構図である。
高専・大学が動き出した北海道の人材クラスタ
1. 報道から見える教育機関の動き

2025年10月にかけて、北海道内の高専や大学が、ラピダスの進出を踏まえて半導体人材育成の拠点として機能し始めている様子が報じられた。道内の教育機関が、ラピダスをはじめとした関連企業と連携し、半導体プロセスや設計、装置・材料、データ活用などのカリキュラムを強化している点が紹介されている。
自治体も含めた産官学の連携枠組みが整備されつつあり、学生向けの工場見学やインターンシップの受け入れ拡大も進んでいる。従来、北海道の理工系学生が先端ロジック半導体に携わるためには、本州の大企業や海外企業へ就職するルートが中心であったが、ラピダス進出と教育機関の対応によって、「北海道にいながら世界最先端のロジック製造に関われる」という選択肢が現実味を帯びてきた。
この変化は、企業にとっても「どの地域で採用・育成を行うか」という前提条件を見直すきっかけになる。
2. 地域経済から見た人材拠点の意味
人材面での変化は、ラピダス本体の事業だけにとどまらない。道内の高専・大学が半導体人材育成の拠点として機能することで、
• 若年層の道外流出の抑制
• 地元へのUターン・Iターンの増加
• 地場企業(装置・材料・IT・インフラ企業など)の高度人材確保のしやすさ向上
といった効果が期待される。
半導体工場は多額の設備投資を伴うが、その稼働率や増産余地を左右するのは長期的な人材供給力である。高専・大学を軸とした人材拠点の整備は、北海道を単なる「工場の立地先」から、「自律的な半導体クラスタ」へと引き上げる条件の一つだ。
長期的な設備投資や拠点戦略を検討する企業にとっては、「地元で育つ人材の厚み」を財務指標と同じレベルで評価する視点が求められる。
半導体求人の潮流から見る「求められる人材像」
1. 半導体求人で増える職種とスキル領域

近年、国内外の半導体企業では、募集職種の傾向が大きく変化している。従来は前工程のプロセス開発や装置保全といった“製造現場系”の職種が中心であったが、先端ロジックやチップレット実装、AI応用が広がるにつれ、求められる領域が明確に拡張している。
特に募集が増えているのは、
• プロセス統合、デバイス開発
• データ解析・機械学習を用いた歩留まり改善
• 製造装置の自動化・ソフトウェア開発
• パッケージ設計(2.5D/3D、チップレット)
• 品質保証・信頼性評価
• 環境・エネルギーマネジメント
といった領域である。
背景には、2nm世代以降の微細加工で不可欠となるEUV露光、GAA構造、チップレット化などの技術進化がある。製造ラインそのものがIT・データ指向に変化しているため、プロセス・装置とデータサイエンスを横断できる技術者が各社で求められている。
北海道内の高専・大学でも、こうした職種需要を踏まえて教育内容を強化する動きが拡大している。学生にとっては地域にいながら先端ロジックの開発・製造に関われる環境が整いつつあり、道内企業にとっては人材確保の裾野が広がることになる。
企業側としては、前工程・後工程・ソフトウェアの境界が曖昧になる中、どのスキルセットを将来の核とするかを早期に定める必要がある。
2. 2nm世代を前提としたスキルの特徴
2nm世代のロジック半導体は、EUV露光やGAAトランジスタ構造、チップレット実装など、従来よりも高度な技術要素を含む。対応するためには、
• 微細加工プロセスに関する理解
• デバイス物理や回路設計の基礎知識
• 装置データやプロセスデータを解析するための統計・機械学習の素養
• 工場全体のエネルギー効率や環境負荷を意識した運用
といった要素が求められる。
ラピダスのように2nm世代を前提にした拠点が立ち上がることで、北海道の教育機関にとっても、こうしたスキルをカリキュラムに組み込むインセンティブが生まれている。企業側から見れば、「2nm世代を理解した人材」が地域にどれだけ蓄積されるかが、長期的な競争力につながる。
したがって、教育機関との対話を通じて必要なスキルを共有し、育成プロセスに関与できる企業ほど、将来の人材不足リスクを抑えやすくなる。
地域×人材ポートフォリオ――北海道と九州をどう位置づけるか
1. 北海道クラスタと九州クラスタの対比

企業が地域ポートフォリオを検討するうえで重要なのは、北海道と九州という2つのクラスタの性格をどう捉えるかである。
• 北海道:先端ロジックに特化した新興クラスタ
2nmロジックを中心に据えた先端プロセスの拠点化が進んでおり、研究開発色が強い。EUV露光、GAA、先端パッケージなど、世界最先端レベルの技術領域が並ぶ。
• 九州:TSMC熊本を核とするレガシー〜ミドルノード中心のクラスタ
車載用MCU、センサ、ミドルノードのロジック、メモリなどを含む“量産型・幅広いノード構成”が特徴である。装置・材料メーカーの集積が厚く、既存サプライチェーンとの親和性が高い。
両地域は「先端(北海道)」と「量産・レガシー(九州)」という役割補完の関係にあり、企業はどちらを主戦略に据えるか、あるいは両方にどう関与するかを検討する必要がある。自社製品が寄与するノード・工程・アプリケーションを踏まえ、どちらのクラスタに接続すべきかを明確にすることが重要である。
2. 人材リスクと教育機関との接続
半導体工場の立ち上げでは、人材不足が歩留まり改善の遅れや稼働率の変動に直結する。北海道の場合、高専・大学を中心に産官学の枠組みが整備されつつあることは、リスク緩和の材料となる。
企業としては、
• 教育機関との共同研究・寄附講座・インターンの枠組み
• 必要スキル(プロセス・装置・ソフトウェア・環境)の共有
• 自社が必要とする専門領域を地域で育成できる仕組みづくり
といった観点で関与するかどうかが問われる。「人材を採用する」から「人材を育てる」へ発想を転換した企業ほど、長期的な供給リスクを低減できる。
北海道発エンジニアの「将来価値」をどう評価するか

この1年で、ラピダス千歳工場を巡る環境は大きく進展した。
• IIM-1へのEUV露光装置搬入という、2nm世代に不可欠な設備投資
• 2025年度に最大8,025億円の追加支援が決定され、委託研究予算としての累計支援上限が1兆7,225億円に達したこと
• 高専・大学を産官学の拠点と位置づける形で進む、人材育成エコシステムの整備
これらは、それぞれが単独で存在しているのではなく、相互に補完し合う構造になっている。
いま問われているのは、ラピダス単体の収益性だけではない。北海道で育つエンジニアが、今後10年以上にわたってどのようなキャッシュフローを生み出し、自社の事業とどのように関わるのかという視点である。
自社がどのレイヤーで北海道クラスタと接続するのか。どの教育機関とどのスキル領域で連携するのか。2nm世代への関与度合いをどの水準に置くのか。こうした論点を早い段階から具体的な行動に落とせるかどうかが、次の10年の競争力を左右する。ラピダス千歳は、北海道における半導体人材投資の起点であると同時に、日本の先端ロジック復権の行方を占う試金石でもある。
*この記事は以下のサイトを参考に執筆しました
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