半導体は難しいから人が来ない、は本当か?――林尚弘氏が見抜いた“入口なき産業”

人材育成と多様性の推進
この記事を読むのにかかる時間: 5

半導体は、もはや世界経済や安全保障の枠を超え、国家の競争力そのものを決定づける戦略資源となった。AI向けGPUの需要急増、各国政府による巨額補助金競争、地政学リスクを背景としたサプライチェーン再編――。いま世界は、半導体を軸とした新しい産業地図を描き直している。
日本でも、TSMC熊本工場やラピダスによる北海道での先端プロセス開発といった大型投資が進む一方で、産業の重要性が社会全体に浸透しているとは言いがたい。
「半導体とは何か」「日本はどこが強いのか」と問われると、多くの人は答えに窮する。半導体は最重要産業でありながら、社会の共通認識としては輪郭が十分に描かれていない。

この「理解されなさ」に着目したのが、教育業界で新しい学習モデルを切り開いてきた武田塾創業者・林尚弘氏だ。若者の情報消費行動を熟知する立場から語られた言葉は、半導体産業が抱える構造的な問題を鋭く突くものだった。


プロフィール

林 尚弘(はやし なおひろ)氏
自身の受験経験を起点に「参考書中心の自学自習」を徹底する学習メソッドを打ち出し、学習塾「武田塾」を創業した教育起業家。

武田塾は「授業をしない」学習スタイルを掲げ、全国規模へと拡大したことで、日本の教育産業に新たな運営モデルを提示した存在として知られる。

また、YouTube番組「令和の虎」では二代目主宰として紹介されることがあり、発信領域を教育にとどめず、起業・ビジネスを含むテーマへ広げている。

近年はメディア露出や書籍などを通じて若年層の行動特性や意思決定にも目を向け、進学・キャリア形成に関する情報発信を続けるとともに、地域活性化やスタートアップ支援にも取り組んでいる。

第1章|半導体のイメージはなぜNVIDIAと台湾に偏るのか

林氏に「半導体の印象」を尋ねると、返ってきたのは率直なひと言だった。
「半導体と言えば NVIDIA と台湾。ニュースで耳にするのは、いつもそこです」

この発言が示しているのは、知識不足というより情報の当たり方の偏りだ。実際の報道は、NVIDIAのGPU、TSMCの先端ロジック、米中対立や輸出規制といった「最先端ロジック×地政学」に集まりやすい。ニュースアプリや株価ランキングでも同じ企業名が繰り返し露出し、それが「半導体=一部のハイエンド企業」という固定観念を強めていく。林氏は、この露出とイメージの結びつきを指摘している。

そして、この“偏った見え方”は日本ではさらに厄介になる。

林氏は続けてこう言った。
「日本国内に、そんなに半導体工場があるとは思いませんでした」

日本は、国内に複数の製造・関連拠点を抱える、集積度の高い国の一つだ。九州各地には製造拠点が並び、前工程・後工程の関連プレーヤーが重なっている。関東・東北でもメモリ材料、アナログIC、電子部材など多岐にわたる企業が操業し、国内だけでも多くの雇用を支える産業である。
それにもかかわらず、半導体工場の建屋の外観は一般工場と大差がなく、産業の実体が生活者の視界に入りにくい。結果として、地元に拠点があっても“知られない”状況が生まれる。

論点はシンプルだ。

半導体を「NVIDIAと台湾の物語」に閉じ込めるほど、日本の足元の産業基盤は “存在していても見えない”ままになってしまう。

第2章|「生活は半導体だらけ」なのに、なぜ業界は遠いのか

林氏は半導体の距離感を、こう言い表した。
「生活のどこを切っても半導体なのに、ビジネスとしては距離があるように感じます」

スマートフォンや自動車、工場設備、医療機器、データセンターまで、生活も産業も半導体抜きには成立しない。それでも身近な産業として認識されないのは、半導体が機器内部に埋め込まれた“見えないインフラ”だから――。

しかし理由はそれだけではない。

林氏が強調した本質は、別のところにある。

「どれほど難しい分野でも、入口があれば人は入ってきます。半導体には、その入口が圧倒的に足りません」

ここで言う“入口”とは、学歴や専攻の話ではない。外から見たときに、何をしている産業で、どんな役割があり、どう関わればいいのかが分からないという情報の欠落である。
半導体は設計・製造・装置・材料・後工程が高度に分業化し、プレーヤーも工程も複雑だ。だからこそ本来は、営業、調達、品質保証、生産管理、物流、工場管理など、文理を問わず多様な職種が存在する。

だが、社会に共有される情報が乏しいため、「理系専門の閉じた世界」という印象だけが残り、参入障壁が実態以上に高く見えてしまう。

林氏の問題提起は明快だ。課題の本質は「技術が難しいこと」ではなく、「入口がないこと」。
例えば、工場でどんな仕事が行われているのか、装置エンジニアは何を担うのか、材料・装置・後工程はどう違うのか、文系職がどこで価値を出すのか、地域工場は何を作りどこで利益を上げているのか――こうした基本情報が可視化されない限り、工業高校生や文系大学生が自分の将来像を重ねるのは難しい。

投資や補助金を積み増しても、この“入口不足”が解消されなければ、人材も資本も十分には流れ込まない。

半導体を「遠い先端産業」から「自分ごとの産業」に変える最初の一歩は、技術の啓蒙よりも前に、入口=導線を設計し直すことである。

第3章|半導体は無形資産の産業――価値が見えにくい構造

半導体産業が理解されにくい最大の理由は、強さの源泉が“見える設備”ではなく、現場に沈殿したノウハウや関係性といった「外から観測しにくい要素」に偏っている点にある。工場の競争力を分けるのは建屋そのものではなく、稼働の中で積み上がった“中身”だ。

具体的には、
・歩留まりを数%向上させる技術蓄積
・熟練した現場作業者による微調整能力
・装置メーカーとの継続的な改善プロセス
・生産計画の精緻さ
・顧客企業との信頼関係
・安全衛生・環境対応の成熟度

これらは財務諸表に計上されることがほとんどない。
さらに厄介なのは、成果が「この会社のこの技術が勝ち筋」と単純に語れないことだ。多くの場合、複数工程の積み上げの総和として効いてくるため、外部からは因果関係が追いづらい。

加えて半導体は高度に分業化され、同じ“半導体企業”でも提供価値がまったく違う。先端ロジックのように注目されやすい領域がある一方で、パワー半導体、センサー、材料、製造装置などは、社会のインフラを支える重要領域でありながら企業名が表に出にくい。しかもBtoB比率が高く、最終製品ブランドの陰に隠れやすい。結果として、世界シェア上位でも一般にはほとんど知られていない企業が生まれる。

この“見えにくさ”は、投資判断や政策議論のミスマッチにもつながりやすい。必要な支援や人材が、適切な場所に向かわないという問題が起きるのである。

第4章|「入口」をつくるのは誰か──企業×教育×メディアの分業設計

林氏が指摘した「半導体業界には入口が足りない」という課題は、誰か一者の努力では解けない。

入口とは、パンフレットの増刷ではなく、外から見たときに「何があり、どんな役割があり、どう関われるか」が一本道で理解できる導線のことだ。

では、その導線は誰がつくるのか。

答えは、企業・教育・メディアの“三者分業”にある。

企業 ―まず「仕事」を翻訳する(工場・職種・価値の見える化)

入口づくりの第一責任は企業にある。なぜなら、工程・職種・KPI・顧客要件など、一次情報を握っているのは企業だからだ。
ただし、技術を薄めて語る必要はない。必要なのは「翻訳」である。前工程/後工程の全体像、ファウンドリという商売の役割、現場で何が品質を決めるのか――こうした基礎知識を、社外の人が追える形で公開するだけで、入口のハードルは下がる。

企業が担うべき“入口”は、次の3点に収れんする。
・工場が何を作り、どういった業界に供給しているか(地域×産業の接続)
・職種の可視化(理系だけではない仕事の棚卸し)
・価値の言語化(歩留まり・品質・納期・安全など、評価軸を外向きに)

教育 ―入口を「体験」に変える(地域単位の場づくり)

次に教育機関・地域側の役割は、入口を“知識”ではなく“体験”に変えることだ。半導体は分業が細かいほど、座学だけでは自分の将来像が結びつきにくい。そこで効くのが、地域での産学官連携による講座、実習、企業視察、インターンなどのパッケージ化である。重要なのは、入口を「一回きりのイベント」にしないことだ。

学ぶ→見る→やってみる→就業につながるまでを、地域で循環させる設計が必要になる。

メディア ー入口の“翻訳者”になり、地図を作る

そして三つ目がメディアだ。企業は一次情報を持つが、語り方はどうしても内向きになりやすい。教育は体験を提供できるが、関心を持つ前の層までは届きにくい。ここに、社会の言葉へ翻訳し、入口の存在を知らせる役割が生まれる。
メディアが担えるのは、「ニュース」ではなく「地図」だ。
・どの工程に、どんな会社がいて、何が評価軸か
・文系・異業種が入れる職種はどこか
この“入口の説明書”を継続的に積み上げることが、結果的に人材の流入速度を変える。

入口をつくらないことのコストは、想像以上に“経営の損失”として跳ね返る。
装置や建屋に投資しても、回す人が集まらなければ稼働率は上がらず、立ち上げは遅れ、歩留まり改善や顧客認定のスピードも鈍る。
結果として固定費負担は重くなり、採用コストは上振れし、納期や供給責任の面で「供給できる会社」として選ばれにくくなる。


半導体の入口不足は、啓蒙の問題ではない。
投資効率と供給能力を同時に毀損する“経営判断の空白”なのである。

アウトロ|半導体を見える産業へ

林氏の問題提起の延長線上にあるのは、供給網の強靱化そのものだ。

半導体産業の弱点は「高度すぎること」ではなく、入口が用意されていないという点である。
入口が細い産業は、人材が増えない。
人材が増えない産業は、増産局面でも災害・地政学局面でも脆い。

半導体を社会の共通言語としていくことは、単なる情報発信ではなく、日本の産業競争力を左右する戦略的取り組みになる。


企業・教育・メディアがそれぞれの立場から、半導体の姿を社会に開いていけるかどうか。

入口が増えれば人が動き、知識が循環し、現場が強くなる。
そしてその積み重ねが、災害や地政学リスクに耐える“強いサプライチェーン”を形づくる。
いま問われているのは、その実行力である。

※本記事の内容は、林 尚弘氏への独自取材に基づいて構成されています。

参考リンク

会社概要 – 武田塾

〖林尚弘氏(令和の虎二代目主宰)推薦〗…(PR TIMES)

株式会社開業チーター始動(株式会社Wiz|PR TIMES)

半導体人材確保の取り組みにおける現状と展望 ~人材育成と省人化の観点から~

No.436 半導体人材確保の取り組みにおける現状と展望

“TSMC-UTokyo Lab” Launched to Promote Advanced Semiconductor Research, Education and Talent Incubation

Taiwan cultivates young overseas chip talent with summer camps, university courses

TOP
CLOSE
 
SEARCH