半導体後工程は、台湾有事など地政学リスクの高まりを背景に、台湾・中国から東南アジアへと拠点のシフトが進んでいる。中でもマレーシアとベトナムは、製造拠点の誘致に加え、地域一体での人材育成体制を急速に整備が進んでいる。そして、教育インフラと産業集積が連動する「エコシステム型の発展モデル」を形成しつつある。
本稿では、①マレーシア・ペナン州、②ベトナム(バクニン省/ホーチミン市)を中心に、先端パッケージングと教育戦略の動きを分析。装置・材料メーカーなどの半導体製造の後工程を専門とする企業や事業者(OSAT)、ASEAN 進出検討中の事業企画担当者にとって、次の布石となる現地エコシステムの現状を紹介する。
マレーシアのペナン州では、OSAT 集積地の人材エンジン「PSDC」が中核を担う
マレーシア・ペナン州は、ASE、Amkor Technology、Intel などの後工程企業が拠点を構える OSAT 集積地である。ここで人材育成の中核を担うのが、1989 年設立の職業訓練機関「Penang SkillsDevelopment Centre(PSDC)」。
2024 年には「Advanced Packaging 課程」を新設し、ファンアウト型パッケージ、3D-IC、ウエハレベル実装などの実習プログラムを強化している。装置メーカーや材料サプライヤーとの連携による実機トレーニングも盛り込まれ、技術と設備の両面をカバーしている。
また、州政府が発表した「Penang STEM Talent Blueprint」では、2030 年までに STEM(科学・技術・工学・数学)人材 6 万人を育成する目標が掲げられ、PSDC がその中核機関に位置付けられている。
高卒~短大層を対象に、年間約 2,000 人規模で即戦力人材が輩出されており、生産現場における人材の安定供給の基盤を支えている。
「国家事業」として後工程人材戦略に取り組むベトナム

ベトナム政府は 2024 年 9 月、ファム・ミン・チン首相が「Decision No.1017/QĐ-TTg」を公布し、2030 年までに半導体分野で 5 万人の人材を育成する国家プログラムをスタートさせた。このうち、後工程領域(パッケージング・テスト等)での育成目標は3.5 万人とされ、国の重点分野として進められている。
教育面では、国内 160 校以上の大学・専門機関が半導体関連の学位や専門課程を提供しており、代表的な機関であるホーチミン市工科教育大学(HCMUTE)などは、Amkor Technology との連携で実習重視の教育モデルを構築している。
また、Amkor Technology は 2023 年に北部バクニン省に OSAT 拠点を新設し、同地域でも大学との人材連携体制を拡充。このように、南北両地域において産学官の接続が進行している。
また、市場成長の見通しも後押しとなっており、2025 年から 2027年にかけてベトナムの半導体市場は年平均成長率 11.6%で推移し、312 億ドル規模に達するとの予測が示されている。こうした需要の伸びを見越し、教育投資が本格化している状況だ。
日系企業が押さえておくべき「職能教育モデル」とは
マレーシア・ベトナム両国に共通して導入されているのが、職業訓練と企業実習を一体化した「職能教育モデル」。これは、日本の専門学校的な位置づけを持つ教育制度であり、理論教育と OJT を融合することで短期間での即戦力育成を実現するというものだ。
マレーシア・ペナン州では、前述の PSDC がこのモデルを実践しており、後工程領域を中心に年 2,000 名規模の技能人材を育成。これは工場の稼働安定性に直結する人的資源と言える。
日系企業もこうした人材モデルを活用しはじめており、ロームや村田製作所などは現地中間管理職層の育成を目的に、教育機関との共同カリキュラム設計を進めている。生産オペレーションだけでなく、品質管理・工程管理などを担える「現地リーダー層」の育成が今後の競争力を左右する要素となりつつある。
必要なのは、「人を採る」ではなく、「人を育てる」戦略

OSAT を取り巻く競争軸は、製造技術だけでなく「人材の現地完結力」にも及んでいる。マレーシア・ベトナムにおける人材戦略は、まさにその未来像を具現化するものであり、各企業にとって次の一手を問う状況と言えるであろう。
企業にとって必要なのは、「人を採る」ではなく、「人を育てる」戦略なのだ。現地教育機関との協働を通じて、人材投資をコストではなく「技術の定着」と捉えられるかがカギとなる。ASEAN 後工程クラスターの形成は、すでに人材形成から始まっているのである。
TMH 編集部 坂土直隆