生成AI向けのデータセンター投資が世界的に拡大し、GPUだけでなく「データをどこに、どう置くか」が競争力の分かれ目になりつつある。いまやAIインフラの議論は、半導体(GPU/CPU)だけで完結せず、ストレージやネットワーク、電力までを含む「総合設計」のテーマへと広がっている。
こうしたなか、米ストレージベンダーのPure Storage(ピュア・ストレージ)と、フラッシュメモリ大手のキオクシアホールディングス(旧東芝メモリ)は、ハイパースケール・データセンター向けストレージでの協業を進めている。2024年12月4日の共同発表では、両社が高性能・高効率なデータ・ストレージプラットフォームを共同で提供する方針が明らかになった。
さらに2025年1月の国内報道では、ピュア・ストレージがキオクシアの年内生産開始予定の最先端メモリをAIデータセンター向けストレージに採用する方針と伝えられた。AIデータセンターの“土台”に、日本発の先端フラッシュメモリが組み込まれていく可能性が高まった格好だ。
本稿では、ピュア・ストレージ×キオクシア協業の中身、AIデータセンター投資とオールフラッシュ化の潮流、キオクシアの技術・生産インフラの位置付けを整理しながら、AIインフラ時代における「日本メモリ」の戦略的意味を考察する。
何が起きたのか──ピュア・ストレージ×キオクシア協業の中身
1.2024年末の公式発表のポイント

2024年12月4日、ピュア・ストレージはキオクシアとの協業を発表した。内容は、ハイパースケール・データセンター向けに、高性能かつスケーラブルで省電力な新しいデータ・ストレージプラットフォームを共同提供するというものだ。
プレスリリースで強調された論点は次の通りである。
・従来のHDDベースのストレージは、速度・拡張性・信頼性・電力消費の面で限界がある
・そこでピュア・ストレージとキオクシアは、「ハイパースケール環境向けにゼロベースで設計した」プラットフォームを提供し、
超高速・低レイテンシ
俊敏なスケールアウト
物理フットプリントの削減
電力消費・ハードウェア廃棄物の削減
を同時に狙うとしている。
鍵を握るのは、ピュア・ストレージ側のオールフラッシュ・ストレージアーキテクチャと、キオクシア側の高密度QLCフラッシュメモリだ。プレスリリースではキオクシアのQLCフラッシュを「業界屈指」と位置づけ、従来主流だったTLCよりもビット密度を高めることで、「大容量×低コスト×省電力」のバランスを追求する設計思想が示されている。
2.2025年1月報道と「最先端メモリ採用」の意味
2025年1月の国内報道では、この協業関係の具体化として、ピュア・ストレージがキオクシアの年内生産開始予定の最先端メモリを採用する方向で調整していると伝えられた。
キオクシアは、三重県四日市市の四日市工場を中心に、世界最大級のフラッシュメモリ生産拠点を運営している。同工場は、膨大な生産データとAI・ビッグデータ解析を活用するスマートファクトリーとして位置づけられており、歩留まりや効率の継続改善を図っている。
AI向けストレージの現場で日本発の先端フラッシュメモリが採用されているという事実は、単なる個別案件ではなく、
・「AIデータセンターの中核コンポーネントに日本のメモリがどこまで入り込めるか」
という問いに対する一つの回答と見ることができる。
3.ピュア・ストレージの協業の狙い
ピュア・ストレージは創業以来、レイテンシが小さく、IOPSが高いことから、AIやデータベースなど高負荷ワークロードで採用が進むオールフラッシュアレイ(All-Flash Array, AFA)に特化してきたストレージベンダーである。HDD前提のストレージではなく、フラッシュメモリ前提でアーキテクチャを組んできた点が特徴だ。
同社がハイパースケール向けに重視するKPIは、おおまかに次のように整理できる。
・総所有コスト(TCO):ラックあたりの容量・電力・保守費用をどこまで圧縮できるか
・レイテンシと帯域:AI推論・検索などレイテンシセンシティブなワークロードに対応できるか
・スケールアウトの容易さ:リージョン/アベイラビリティゾーンをまたぐ拡張をどれだけシンプルにできるか
ビット単価を下げつつ電力効率を高められる高密度QLCフラッシュは、これらのKPIを同時に満たしやすい媒体である。キオクシアと連携することで、同社は「ハイパースケール向けオールフラッシュ・プラットフォーム」を、GPU中心のAIインフラ投資の文脈にきちんと乗せて提示しようとしている、と読むことができる。
AIデータセンター投資とオールフラッシュ化の波
1.半導体・メモリ市場のリバウンド

まずマクロの前提として、2024年以降の半導体市場はAIを起点とした回復局面にある。
・Gartnerの速報値によれば、世界の半導体売上は2024年に6,260億USドルとなり、2023年比で18.1%増となった。2025年には7,050億USドルまで拡大する見通しも示されている。
・IDCは2024年の世界NANDフラッシュ市場が644億USD、前年比75.9%増と報告している。AIやデータセンター向け需要が伸長要因となっている。
NANDについては、メーカーによる生産調整で価格サイクルが底を打ったうえで、AI・データセンター向けなど「高付加価値ユースケース」へのシフトが進みつつある局面と位置づけられる。
2.AIが押し上げるデータセンター投資
データセンター投資も、AIを起点に新しいフェーズに入っている。
・McKinseyは2030年までに世界のデータセンターキャパシティ需要がほぼ3倍、その約7割がAI関連ワークロードになると試算している。
・2025年9月には、米国のデータセンター建設投資が年率換算400億USドルと過去最高を更新したとReutersが報じている。
GPUや専用アクセラレータへの投資が目立つものの、実際には次のような構図がある。
・大容量×低レイテンシのストレージが不可欠
・ネットワーク帯域とストレージ性能がボトルネック化しやすい
・AIデータセンターは「計算×ストレージ×ネットワーク×電力・冷却」が一体の投資対象
つまり、AIデータセンターへの投資は総合インフラ投資として捉えるのが実態に近い。
3.エンタープライズストレージ市場の変化
エンタープライズストレージ市場でも、AIデータセンターの影響が顕在化している。
・IDCの調査では、ストレージ市場全体の成長は落ち着きつつあるが、AFA(オールフラッシュアレイ)が市場の成長を牽引するとしている。
ここ数年で、
・NVMe接続
・HDDレスのAFA構成
・ストレージクラスメモリとの階層化
が当たり前の選択肢となりつつある。
ピュア・ストレージとキオクシアの協業は、このオールフラッシュ化をAIデータセンターの中枢まで押し進める動きと捉えられる。
キオクシアの技術ポジション──BiCS FLASHと生産インフラ
1.3D NANDとBiCS FLASHの位置づけ

キオクシアは、3次元構造のNANDフラッシュメモリ「BiCS FLASH™」をWestern Digitalと共同開発してきた企業である。
3D NANDでは、メモリセルを縦方向に積層することでビット密度を高めつつ、書き込み・読み出し性能と耐久性のバランスを取ることができる。
世代が進むごとに、
・積層数の増加
・ビットあたりコストの低減
・消費電力あたり性能の改善
が進み、多様な用途に展開されてきた。
2.第8世代BiCS×CBA技術が示す方向性
2025年7月9日、キオクシアは第8世代BiCS FLASH™を採用したUFS 4.1対応フラッシュメモリのサンプル出荷開始を発表した。
第8世代BiCSとCBA(CMOS directly Bonded to Array)技術の組み合わせにより、前世代比で
・ランダムリード性能 約35〜45%向上
・ランダムライト性能 約30%向上
・電力効率 15〜20%改善
といった効果をうたっている。
この製品自体はモバイル向けだが、
・高密度3D NAND
・CBAによる配置最適化
・世代ごとの「性能×電力効率」改善
というコンセプトはデータセンター向けSSDにも共通する。
3.四日市工場という「生産インフラ」

キオクシアの四日市工場は「世界最大規模のフラッシュメモリ工場」とされ、AIとデータ活用によるスマートファクトリー化が進んでいる。
メモリメーカーの競争力を測るポイントは次の通りである。
・高密度フラッシュを安定供給できる生産キャパシティ
・歩留まり改善を支えるデータ活用力
・省エネとサステナブルな工場運営
四日市工場は、これらを統合した生産インフラとして機能している。
4.最先端メモリ採用が持つ意味
今回の「ピュア・ストレージによるキオクシア最先端メモリ採用」は、少なくとも次の2点で大きな意味を持つ。
1.技術面の意味
・日本発の先端フラッシュがAIストレージのコアとして採用されつつある
・高密度QLCを前提としたオールフラッシュ化の中で、日本製メモリが前提条件となる可能性
2.サプライチェーン面の意味
・ピュア・ストレージが日本製フラッシュを長期パートナーとして見据えている
・四日市工場など国内生産拠点がAIデータセンター向けサプライチェーンとして高く評価されている
NAND市場が回復するなか、日本発メモリの競争力がAIデータセンターという最前線に再び接続されつつあることを示す事例といえる。
ビジネス側が押さえるべき3つの論点
1.論点①:AIデータセンター向け売上のウエイト
世界の半導体市場が拡大するなか、特に高成長が期待されるのがAIデータセンター向け分野である。
マッキンゼイは、
・データセンター需要は2030年までにほぼ3倍
・その7割がAIワークロード
と見積もる。
企業が自社ポジションを確認するうえで押さえるべき指標は次の通りである。
・自社売上のうちAIデータセンター関連比率
・HDD→AFAへの移行が進むユースケース
・狙う顧客セグメント(ハイパースケーラー/クラウド/通信/エンタープライズ)
ピュア・ストレージとキオクシアの協業は、AIデータセンター向けを成長ドライバーにする企業の典型例といえる。
2.論点②:価格サイクルと供給コントロール
NANDフラッシュ市場は価格変動が激しい。IDCは2024年について、メーカーの生産調整により市場がアップサイクルに転じたと述べている。
メーカーに重要なのは、
・価格上昇局面でどこまで出荷を伸ばすか
・価格下落局面でどこまで投資や生産を柔軟に調整できるか
AIデータセンター向け長期プロジェクトは、
・長期契約
・技術ロードマップ共有
・コスト構造の可視化
などを通じて価格サイクル耐性を高める効果がある。
3.論点③:日本発メモリサプライチェーンの競争軸
今回の動きは、日本のメモリサプライチェーンが磨くべき3つの競争軸を示している。
1.ビット密度×電力効率
・3D NAND高層化×CBAで容量あたり消費電力を削減
・データセンター向けSSDでも省電力と性能の両立を追求
2.AI向け最適化設計
・ランダムアクセス、耐久性、QoSなどAI負荷に最適化
・GPUクラスタや高速ネットワークと組み合わせたシステム提案力
3.長期供給×サステナビリティ
・四日市工場の大規模スマートファクトリーによる安定供給
・再エネ活用やCO₂削減データの提示
日本のフラッシュメモリがAIインフラの中核と結びつきつつある

ピュア・ストレージによるキオクシア最先端メモリの採用は、一見すると部材採用ニュースに見える。しかし背景には次の大きな潮流がある。
・世界半導体市場の回復と、特にNANDの急反発
・AIデータセンター向け設備投資の加速
・日本発フラッシュメモリがAIインフラの中核に再び接続されつつあること
このニュースを戦略活用するために企業が問うべきは次の3点である。
1.「誰のAIデータセンター」で価値を出すのか
・ハイパースケーラー/クラウド/通信/エンタープライズのどこを主戦場にするか
2.バリューチェーンのどのレイヤーで勝負するか
・メモリ/SSD/ストレージシステム/サービス(STaaS)のどこで差別化するか
・その選択が中長期トレンドと整合しているか
3.TCOとサステナビリティをどう示すか
・電力・CO₂・フットプリント削減をどこまで定量化し顧客に示すか
ピュア・ストレージ×キオクシアの事例は、AIインフラのどのレイヤーにポジションを取るかを考えるうえでの重要なリファレンスとなる。
*この記事は以下のサイトを参考に執筆しました。
参考リンク