2025年12月、日本経済新聞電子版は「三菱電機がデータセンターや通信基地局向けの光半導体を中心に、2028年度の生産能力を2024年度比で3倍に引き上げる計画」を報じた。パワー半導体向けの一部設備投資を光デバイス事業へ振り向けることで対応するとされている。
三菱電機は2025年5月の「IR Day 2025」で半導体・デバイス事業戦略を公表し、パワーデバイス事業への投資を抑制・延伸しつつ、一部を好調な高周波・光デバイス事業にシフトする方針を明示している。2024年度の半導体・デバイス事業売上高は2,863億円、2025年度見通しは2,900億円としている。このように生成AIとクラウドサービスの拡大で、データセンターの「電力」と「光配線」は世界的な制約要因になりつつある。
本稿は、光デバイスのトップシェアを持つとされる三菱電機が、あえて投資の重心をシフトし、生産能力を段階的に3倍に引き上げようとしている事実がどういった意味を持つのかを考察する。
AIデータセンターが生んだ「光」のボトルネック

生成AIモデルの学習・推論には、GPUなどの演算資源だけでなく、サーバー間を結ぶネットワークの帯域が不可欠である。経営コンサルティングファーム、McKinsey & Company(マッキンゼー)の分析によれば、AI需要の拡大を背景にネットワーク光学(ネットワーキング・オプティクス)市場は2029年まで年平均2桁成長が続き、その中でも1.6Tbps超の高速光トランシーバを含むデータセンター内向け分野は、全体を上回るペースで拡大する可能性が示されている。
同社の別の分析では、AI市場の拡大に伴い、2030年までに世界で約7兆ドル規模のデータセンター関連投資が必要になるとも試算されている。演算用GPUやASICだけでなく、メモリ、ストレージ、電源設備、冷却システム、そしてネットワーク光学までを含めた「コンピュート・インフラ」が、今後10年の巨大な投資テーマになりつつある。
一方で、ネットワーク光学の性能や供給能力は、GPUなど演算デバイスほどのペースでは向上していない。特に、データセンター内のスイッチ間やラック間をつなぐ高速光トランシーバでは、800Gbpsや1.6Tbpsといった高帯域品が求められる一方で、主要部品である光デバイスの生産能力は限られている。
インジウムリン(InP)を用いた電界吸収型変調レーザー(InP系EML:Electro-absorption Modulator integrated Laser)に関しては、世界で3〜5社に生産が集中しているうえ、先端品はウエハレベルでの歩留まりが低くなりやすい。マッキンゼーは、800Gbpsや1.6Tbpsクラスのトランシーバについて、向こう数年にわたり需要が供給を上回る状況が続く可能性を指摘している。
こうした構造的な供給制約がある中で、すでに大規模量産体制を持つ既存プレーヤが生産能力を増強することは、単に自社の売上拡大にとどまらず、AIインフラ全体の安定稼働に直結する。
三菱電機の光デバイス事業:EMLで築いたトップポジション

三菱電機は、2025年5月の半導体・デバイス事業説明資料において、「データセンター向け光デバイス(EML)のグローバルシェア1位(2023年度実績、同社調べ)」と明記している。
資料では、データセンター内でサーバーとネットワーク機器をつなぐ光トランシーバ向けに、EMLデバイスを中核とした製品群を展開していることが示されている。EMLはレーザーダイオードと電界吸収型光変調器を一体化したデバイスであり、高速・長距離伝送に適しているのが特徴だ。
同社は、クラウドデータセンター向けイーサネット光トランシーバ市場において、800Gbps以上の「超高速領域」への対応を重点領域として位置づけている。説明資料では、イーサネットトランシーバの市場規模が2023年の約40億ドルから2028年には200億ドル規模へ拡大し、その中で800Gbps以上の超高速帯の比率が高まるとの外部調査を引用している。
この超高速帯において、VCSEL(垂直共振器型面発光レーザー)が高速動作や伝送距離の面で課題を抱える一方、EMLは100m〜2kmクラスの通信距離をカバーしながら高いデータレートを実現できることから、データセンター内部のスイッチ間リンクなどへの適用範囲が広がっている。三菱電機はこの領域を重点的に開拓し、技術トレンドをリードするEMLデバイスを大手クラウド事業者などと連携しながら開発・量産していると説明している。
つまり、同社にとって「データセンター向け光デバイス」とは、電源や冷却と同様にAIデータセンターの基盤を支えるコア事業であり、単なる周辺事業ではないのである。
生産能力3倍計画と投資シフト:パワーデバイスから光へ

今回報じられた「生産能力3倍」計画は、こうした既存の戦略の延長線上に位置づけられる。
日本経済新聞電子版は2025年12月2日付で、三菱電機がデータセンターや通信基地局向けに使われる半導体の生産能力を、2028年度に2024年度比で3倍とする方針を伝えている。増産の対象には光半導体が含まれ、パワー半導体向けの設備投資の一部を振り替える形で実現するとしている。
IR Day 2025の資料では、すでに以下の方針が明記されていた。
・パワーデバイス事業への投資を「抑制・延伸」し、一部を光デバイス事業へシフト
・熊本県泗水地区のパワーデバイス新工場棟(SiC 8インチ対応)は計画どおり立ち上げつつ、その後の能力増強投資は市況を見ながら実施
・光デバイスについては「能力増強(光デバイス)【追加】」と記載し、生産能力増強を成長投資として位置づけ
このキャピタルアロケーションの見直しにより、従来パワーデバイスに厚めに配分していた投資枠の一部が、成長性と収益性の高い光デバイスへと振り向けられる構図になる。資料上でも、「市況変化を踏まえ、パワーデバイス事業への投資の一部を収益性の高い光デバイス事業へシフト」と明記されている。
2024年度の半導体・デバイス事業売上高2,863億円に対して、同事業は2年連続で過去最高益を更新したとされ、パワーデバイスだけでなく光デバイスの好調が収益改善を牽引している。こうした状況下で、投資の選択と集中を通じてROIC(投下資本利益率)の向上を図るというストーリーが明確になっている。
ここまでを整理すると、
・SiCパワーデバイス:8インチ対応工場の立ち上げは計画どおり進めるが、その後の増設は市況次第
・光デバイス(EML):AIデータセンター向け需要を前提に、能力増強を「追加投資」として明示
・事業ポートフォリオ:パワー偏重から、「電力×光」の二本柱へ投資比率をスライド
という構図が見えてくる。今回の日経報道は、この方向性に「2028年度に3倍」という数量的な目安を与えたものと位置づけられる。
グローバル光トランシーバ市場と競争環境

マッキンゼーのネットワーク光学分析は、以下のとおりである。
・800Gbpsクラスの光トランシーバは、2027年まで需要が供給を大きく上回る見通し
・1.6Tbpsクラスでも、2029年頃まで供給不足が続く可能性
・これら高帯域品の増産には、複数年にわたる時間と数十億ドル規模の投資が必要
一方で、データセンター向け光ネットワーク市場は、クラウド事業者を中心に800Gbpsや1.6Tbpsへの移行が進み、800Gbps以上の超高速帯が今後の成長ドライバになるとされている。
三菱電機は、こうした高帯域向けEML市場でトップシェアを持ち、すでに量産実績と顧客基盤を築いている。新規にInP系EMLの製造能力を立ち上げるには多額の投資と時間が必要であり、既存プレーヤの増産が市場全体の供給安定化に直結する。
さらに、マッキンゼーはAIネットワーク向け光学において、後工程のアセンブリ・パッケージング拠点が東南アジアや中国に集中しつつも、レーザーなど主要コンポーネントのファブは米欧と日本に多く立地していると指摘している。日本発のレーザー・光デバイス供給力は、地政学リスクの分散やサプライチェーンの多元化という観点からも存在感を増している。
サプライチェーン全体への影響

三菱電機の「光半導体3倍」計画は、同社にとどまらず、広く半導体・部材・装置サプライチェーンにいくつかの示唆を与える。
1.設備・プロセスサプライヤーにとっての需要シグナル
光デバイスの能力増強には、InP系レーザー用エピ成長装置、露光・エッチング装置、光パッケージング用の実装・検査装置など、多様な前工程・後工程設備が必要になる。既存のパワー半導体投資と異なり、波長制御や光学特性の検査など、光デバイス特有のプロセスニーズが強い。
この領域に強みを持つ装置メーカーにとっては、AIデータセンター需要に連動した中長期の成長機会となる。
2.材料メーカーへの波及
光デバイス用の化合物半導体ウエハ、光導波路材料、パッケージ用樹脂や低熱抵抗基板など、関連材料の需要は中長期的に増加する。生成AI向けデータセンターは、エネルギー制約と熱設計の観点から、高効率・高信頼な材料ソリューションを求めており、日本の材料メーカーにとっても技術力を発揮しやすい領域である。
3.データセンター事業者にとってのリスク分散
高速光トランシーバの供給不足は、GPUやサーバーの導入計画そのものを制約する。EMLデバイスを含む光半導体の供給源が増え、既存プレーヤが能力を拡大することは、調達リスクの低減につながる。
その意味で、三菱電機をはじめとする日本企業の増産は、AIインフラの「電力・光」の両面で、供給側の選択肢を広げる動きとも言える。
4.日本発サプライチェーンの位置づけ
AIインフラのコアである光学コンポーネントで日本企業が一定のシェアを持つことは、国内の装置・材料メーカー、さらにはエネルギー・インフラ企業との連携可能性を広げる。SiCパワー半導体と光半導体の両方で投資の軸を持つ三菱電機は、電力と通信というAIデータセンターの二つの制約要素を同時に押さえうるポジションにある。
「効率的に電力と光ネットワークを供給できるか」という次のフェーズへ

三菱電機の半導体・デバイス戦略は、SiCパワーデバイスによる電力変換と、EMLを中心とした光デバイスによるデータ伝送という、データセンターの2つのボトルネックを同時に押さえる構図として再整理されつつある。IR Day 2025資料では、SiC 8インチウエハ対応工場の立ち上げを計画どおり進めつつ、その後の能力増強投資は市況を見ながら抑制し、光デバイスへの投資を優先する方針が明確に示された。
今回報じられた「2028年度に生産能力3倍」という目標は、その方針を数量的に裏付けるものだ。AIデータセンターの成長とともに、ネットワーク光学の供給制約が顕在化しつつある中で、トップシェアを持つプレーヤが増産に動くことは、サプライチェーン全体にとって重要な意味を持つ。
光デバイスの増産は、前工程・後工程装置、材料、検査技術など、多くの関連産業を巻き込む長期の取り組みになる。パワー半導体と光半導体という二つの成長軸をどのような比率で運用し、資本効率と供給責任を両立させていくのか。
AIデータセンターをめぐる競争は、「どれだけ多くのGPUを並べられるか」から、「どれだけ効率的に電力と光ネットワークを供給できるか」という次のフェーズに入りつつある。三菱電機の「光半導体3倍計画」は、そのフェーズシフトを象徴する一手として位置づけられるだろう。
*この記事は以下のサイトを参考に執筆しました。
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