熊本大学が半導体の“地場完結”に踏み出す

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2025年、熊本大学は半導体人材育成の中核拠点化に向け、学部と大学院での新たな体制構築を発表した。それは、工学部に「半導体デバイス工学課程」、大学院に「半導体・情報数理専攻」を置き、そこで、材料・プロセスから設計・データ活用までを一気通貫で学べるようにするというもの。

一方、TSMC(JASM)を中心に地域の人材需要が高まるなか、PBL(課題解決型学習)や企業実習、研究型インターンを取り入れ、教室と現場の距離を縮める動きが盛んになっている。

本稿ではこの人材需要に今回の熊本大学の取り組みが、どんな影響や効果をもたらすのかを考察する。

学部×大学院で「幅」と「深さ」を両立

同校工学部の半導体デバイス工学課程は、数学・物理・化学・材料・機械の基礎を押さえたうえで、デバイス物性、プロセス、回路・システム、実装・評価を横断的に学ぶもの。学科横断の履修を前提とし、企業と連携した課題解決型学習や実習で、採用後すぐに必要となる安全(EHS)、計測・検査、装置保全といったテーマにも触れる。

大学院の半導体・情報数理専攻は、半導体工学と情報工学・数理(データサイエンスを含む)を束ねる構成。学生の入学時のバックグラウンド差を埋めるため、電気・電子系の基礎やデータサイエンスの基礎などのリメディアル科目を用意し、そのうえで設計・製造・データ解析の応用科目へ進む。院生の実装力を高めるため研究型インターンや共同研究も行う。

横断課題の学習と専門基礎の習得

半導体の現場では、配線抵抗、熱、歩留まりのように工程をまたぐ課題が多い。このため、工学部では材料・化学・電気・電子・情報・機械の枠を超えて学ぶことで、こうした横断課題をまとめて扱う。PBLや実習では、計測データの取り方、異常の見つけ方、設備の停止を防ぐ保全計画など、現場の基本動作を重視する。

大学院では、専門基礎(半導体・情報・数理の共通土台)を習得した後、回路・レイアウトの最適化、製造プロセスの統計的管理、機械学習による欠陥推定、システムの省電力化など、応用領域に広げる。電気・電子が得意な学生はデータ解析を、情報系の学生は半導体の基礎を補い、現場での協働に耐えるスキルを身につける。

JASMの計画と「インフラ由来のズレ」への備え

熊本では、JASMの第1工場が2024年末に生産を開始し、車載やイメージセンサー向け需要に応えている。第2工場については、2025年に入り着工時期の調整が報じられ、地域の交通渋滞などインフラ要因への言及があった。このため、JASM生産・投資のタイムラインには“ズレ”が生じる。

教育側に求められるのは、こうした“ズレ”などの外部要因に左右されにくい教育方針だ。熊本大学は、学部の横断カリキュラム、大学院の補完科目、企業実習・研究型インターンを組み合わせ、前工程だけでなく、設備保全(ユーティリティ・薬液・ガス・電力)、計測・検査、実装・テスト、データ解析など“広義の半導体”の配属に対応できるようにしている。学内ハブを使い、全学的にDXと半導体教育を束ねる運用も進めている。

狙いは需給の波に左右されにくい人材基盤の整備

研究大学強化事業の採択を背景に、熊本大学は教員採用や他大学分室の設置、首都圏大学との連携を進める。分析・計測設備の共同利用、社会人リスキリング科目の提供、産学共創プロジェクトの常態化は、学生と社会人の双方にメリットがある。

データサイエンス教育と半導体教育を横串で通し、需給の波に左右されにくい人材基盤を地域に残すことが狙いだ。学部では受け皿(例:情報融合学環)も活用し、定員の面でも継続的な輩出を見込む。

大切なのは大学・企業・行政が学びの機会を提供し続けること

熊本大学の新体制は、学部で半導体についての知識の“幅”をつくり、それに大学院で“深さ”を加え、実習や研究連携で現場との接点を常に保つための構成と言える。JASMの投資や生産のタイムラインは、交通などのインフラ要因で調整が入る局面がある一方、地域の雇用・調達の基盤は広がっている。

これに必要なのは、前工程に限定しない“広義の半導体”に対応できる人材育成である。企業は大学の科目群を配属職種にひも付け、寄附講座・共同研究・長期インターンで立ち上げを短縮する。学生や社会人は、デバイス基礎とデータ活用を両輪に、設備保全・計測・実装の基礎動作を早期に身につける。

大学・企業・行政がそれぞれの役割を持ち寄り、学びの機会を提供し続ける——これが地場で定着すれば、2026年以降の九州サプライチェーンの底力になるだろう。

用語解説

半導体デバイス工学課程
熊本大学工学部の学士課程(2024年設置)。基礎科目の上に、デバイス物性、プロセス、回路・システム、実装・評価を横断的に配置。PBLや企業実習を含む。

半導体・情報数理専攻
熊本大学大学院の専攻(2025年設置)。半導体工学と情報工学・数理を束ね、リメディアル科目で入学時の基礎差を補完し、応用科目へ進む。

EHS(Environment, Health and Safety)
製造現場における環境・安全・衛生の総称。薬液・ガス・高電力などリスクの高い設備を扱う半導体工場で重要な管理領域。

JASM(Japan Advanced Semiconductor Manufacturing)
TSMCの日本製造子会社。第1工場は2024年末に生産開始。第2工場は2025年に入り、地域の交通事情などを踏まえた調整が報じられている。

PBL(Project/Problem Based Learning)
実在の課題を用いて学ぶ教育手法。半導体では装置保全、品質改善、検査など職務に直結しやすい。

参考リンク

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