パワーデバイスのシリコン回帰──SiC不足が生むシリコンIGBT再評価

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EV(電気自動車)や再生可能エネルギーの普及を背景に、電力変換効率を高める切り札としてシリコンカーバイド(SiC)パワーデバイスが注目を浴びている。高耐圧・高速スイッチングが可能で、充電時間の短縮や電力損失の削減といった効果は大きい。だが、2024年後半から2025年にかけて、業界全体では「SiC不足」が鮮明になった。理由は、SiC基板の製造難易度や歩留まりの低さ、200mmウエハ(8インチ)への移行遅れ、さらにコストの高さである。

この供給制約により、既存技術であるシリコンIGBT(Insulated Gate Bipolar Transistor)が再評価される流れが強まっている。IGBTは成熟した技術でありながら、最新世代では損失低減や小型化が進んでおり、コスト効率や調達の安定性を武器に用途を広げている。2025年に入り、国内外メーカーが次世代IGBTの量産やモジュール改良を相次ぎ発表し、EVや再エネ分野で「SiCとIGBTの棲み分け」が現実的な戦略として浮かび上がってきた。

本稿では、このIGBTの再評価について考察する。

IGBTは“古い技術”ではない—第8世代の具体的進化

IGBTは、MOSFETの制御しやすさとバイポーラトランジスタの大電流特性を併せ持ち、30年以上にわたり電力変換の主役を担ってきた。かつてはスイッチング速度や熱設計に課題があったが、セル構造やパッケージ技術の改良によって性能は大きく向上している。

富士電機は、2025年度第4四半期から松本工場で第8世代IGBTの量産を開始する予定だ。第7世代比で損失を15%以上低減し、内部インダクタンスを大幅に削減することで小型化と高効率を両立させる。さらに大容量向けの新パッケージ「HPnC」は、1.2〜2.3kVクラスのIGBTを対象に2025年4月から量産が始まっており、従来比でモジュール面積を約3分の1に削減できる。これにより、再エネ用の高電圧パワーコンディショナなどで据付スペースや冷却コストを抑える効果が期待される。

三菱電機も2025年1月に1.2kV IGBTモジュールの新サンプル提供を開始し、4月にはHVIGBTの新シリーズ(XBシリーズ)を発表した。新世代チップやパッケージの改良で発熱を抑え、過酷な環境でも信頼性を高めている。

欧州のインフィニオンは、自動車向け高耐圧IGBTの最新世代を投入し、400V車と800V車の双方に対応できる設計を進めている。特に「RC-IGBT」(逆導通IGBT)と呼ばれる構造は、IGBTとダイオードを一体化することで配線インダクタンスを抑え、システム効率を底上げする。

このような流れは「IGBTは古い」というイメージを覆すものだ。用途ごとの費用対効果を見れば、最新世代IGBTは依然として十分に競争力がある。

SiCの供給・コスト制約と“選択と集中”

SiCは理論的にはシリコンを凌ぐ特性を持ち、特に800V級EVや急速充電設備、産業用インバータでは高効率化に直結する。しかし現実には、基板の大口径化や加工歩留まり、製造コストが普及を阻んでいる。

2024年10月にはドイツのSiC新拠点計画の見直しや撤退報道があり、欧州での投資環境の不透明さが浮き彫りになった。一方、インフィニオンは2025年2月にドレスデンの新工場計画でEUから9.2億ユーロの補助承認を得ており、長期的には供給力強化が期待される。

日本では、富士電機が津軽拠点で6インチSiCの量産を2024年12月に開始し、同時に自動車向けモジュールのSiC比率を2024年度4%から2025年度11%へ引き上げる計画を明示した。さらにデンソーと富士電機は2024年11月29日に経産省の「供給確保計画」認定を取得し、国内生産基盤を強化する。

このように、SiCは高電圧・高効率領域で不可欠だが、コストや供給のリスクが大きい。結果としてメーカー各社は「高効率が収益に直結する部分にSiCを集中投入し、それ以外の領域は改良型IGBTで安定供給」という二正面戦略を採っている。特にEV補機や標準的な産業インバータでは、Si IGBTの優位性が際立つ。

供給不安とコスト変動を考慮すれば、当面はSiCとSi IGBTを組み合わせるハイブリッド戦略が主流であり、調達・設計の両面で“適材適所”の判断が求められる。

国内外の増産マップ──誰が、どこで、何を増やすか

日本勢では富士電機が第8世代IGBTの量産を松本で開始し、津軽でSiCの6インチ量産を立ち上げた。大容量IGBTの新パッケージ量産も2025年4月から稼働しており、再エネや鉄道など高電圧需要に応える体制を強化している。三菱電機は2025年前半に新型IGBTとHVIGBTシリーズを発表し、車載・産業分野の幅広いニーズを狙う。デンソーと富士電機の提携による経産省認定は、国内でのSiC供給基盤を固める大きな一歩となった。

欧州では、インフィニオンがドレスデンの新工場計画にEU補助金の承認を得て、将来的な供給力拡大を目指している。ただし、同じドイツ国内でSiC新拠点が計画見直しに追い込まれた事例もあり、大型投資は資本効率や政策の影響を強く受ける。つまり、欧州は長期的な供給力強化を図る一方、短期的な柔軟性では日本勢の“二正面戦略”が優位に立つ。

これをまとめると、日本は「シリコンとSiCの併走による即効性」、欧州は「長期投資による将来の供給拡大」という対照的な構図になる。

“勝ち筋”の見取り図—用途別の意思決定フレーム

EVの主駆動系では、400V車で最新世代IGBTが依然優位を保ち、コスト効率と調達安定性が鍵となる。800Vの高性能車ではSiCの特性が効くが、RC-IGBTなどの改良でシリコンも競合可能な領域を広げている。補機系では安定供給と低コストが優先され、改良型IGBTが引き続き主流だ。産業モータや標準的なインバータでも、最新IGBTとパッケージ改良によって設計自由度とコスト予測性が高まり、TCO(総所有コスト)の面で有利になる。再エネ向け大容量電源では、1,500V級に対応する新型IGBTが量産され、設置面積や冷却コストを抑制できる点が大きい。

意思決定の基準は、効率(損失/W)、電力密度、熱設計の自由度、調達リスク分散、そしてライフサイクル整合性である。単なる単価比較ではなく、モジュールの実測データや調達安定性を含めた総合評価が必要だ。結論として、SiCは高効率が必須の領域に集中させ、その他は最新世代IGBTで平準化することが、2025年の現実的な勝ち筋である。

用途ごとに適材適所で使い分ける戦略が鍵

このような2025年の動向からみると、「SiCの不可欠さ」と「IGBTの進化」が同時に存在する現実を示している。EVや再エネ市場では、すべてをSiCで置き換えるのではなく、用途ごとに適材適所で使い分ける戦略が鍵だ。

営業や設計、購買の担当者が注視すべきは以下の点である。第一に、高効率・高電圧領域ではSiCを集中投入する一方、ボリューム領域では最新IGBTで安定供給を確保する二重戦略を取ること。第二に、複数拠点や複数世代の冗長化を進め、調達リスクを低減すること。第三に、2025年に量産開始した新モジュールは早期に採用検討を進め、立ち上がりリスクを最小化すること。そして第四に、効率や冷却コスト、調達安定性をKPIとして定量管理し、事業収益と直結させることである。

“シリコン回帰”は後退ではなく、資源配分の合理化である。限られたSiCを最適な領域に投入し、改良型IGBTで確実にボリュームを支える。この現実的な選択こそが、2025年の競争力を分けるポイントになる。

*この記事は以下のサイトを参考に執筆しました。
参考リンク

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