生成AI、コネクテッド化、OTA(無線アップデート)が当たり前になった自動車では、「安全(Functional Safety)」と「セキュリティ(Cybersecurity)」は開発の最後に“確認する”事項ではなく、最初から“設計入力”として組み込むべき仕様になっている。
このため、半導体サプライヤの現場で問われるのは規格の暗記ではなく、監査で通るプロセス設計と、確証のある証拠(エビデンス)を作り切る力だ。
本稿は、車載向けにキャリアアップを狙う設計/検証/品質/アプリケーションの担当者に向け、資格・標準・実務アウトプットを三つの塊に再整理し、「転職市場で評価される成果物」をどう作るかを具体化する。
ISO 26262 × ISO/SAE 21434 × ASPICE

まずは“規格の重ね合わせ”を設計入力として可視化する。
- 役割の切り分け
- ISO 26262(機能安全):故障が人身リスクに繋がらないようにする国際標準。危険度は ASIL(A〜D) で表現し、これに応じて設計・検証の厳しさが決まる。
- ISO/SAE 21434(サイバーセキュリティ):開発ライフサイクル全体で脅威を分析し、対策要求と検証までを組み込む枠組み。起点は TARA(Threat Analysis and Risk Assessment)。
- ASPICE(Automotive SPICE):開発プロセスの成熟度モデル。各プロセス領域(PA)で「目的」「やること」「成果物」「証跡」が揃っているかを評価する。
- “一枚化”の進め方
HARA(危険源分析)/TARA(脅威分析)で「どんな状況が危ない/攻撃され得るか」を言語化
Safety/Cybersecurity Conceptに落とし、機能安全要求(FSR)/技術安全要求(TSR)、セキュリティ要求へ分解
設計→実装→試験→リリースノートまで双方向トレーサビリティを維持(要求⇔テストの対応を常に確認)
横串としてASPICEの観点で「再現できる作り方」になっているかを点検 - 実務ポイント
- 監査や顧客レビューは「誰に何を、どの粒度の証拠で示すか」を先に決めておくと迷わない。
- 組織側のサイバー要求(CSMS など)や顧客規約は、半導体“部品”側でも設計前提として早期に反映する。
- 近年はマイコンやレーダーSoCなどハードの段階で安全・セキュリティ要件を吸収する動きが強まっている(直近の製品発表・認証取得の例は末尾の出典参照)。
評価されるエビデンスの作り方(HARA/TARA → FMEDA → Case までの雛形と運用)

監査で評価されるのは“文章の綺麗さ”ではなく、主張—証拠—残余リスクの一貫性だ。以下にそのまま雛形にできる骨格を示す。
- HARA(危険源分析)/Safety Concept
アイテム定義/ハザード一覧/リスク評価/セーフティゴール(SG)/FSR・TSR など - TARA(脅威分析)/Cybersecurity Concept
アセット・攻撃面・脅威エージェントの洗い出し/リスク基準/セキュリティ要求/検証計画 - FMEDA(故障モード・影響・診断解析)
故障モードの粒度、検出カバレッジの根拠、FIT ソースの明記。PMHF は値より根拠の一貫性が重視される。 - Safety Case / Cybersecurity Case
トップシート1枚に「主張—証拠—残余リスク」を図示。代表証拠は“束”で提示。 - ツール適格性
自動生成物や解析ツールの信頼性は、ツール分類と妥当性根拠を事前に準備。 - トレーサビリティ運用術
チケットやレビュー記録は「出席者・観点・指摘→是正→再発防止」を時系列で束ねる。 - よくあるNG
ASIL 決定の根拠とアーキテクチャの整合が取れていない/TARA の脅威が設計に落ちていない/要求とテストが 1 対 1 で結ばれていない、など。 - 監査当日の勝ち筋(5ステップ)
- トップシートで全体像を提示
- 要求→設計→テストの1クリック・トレースを実演
- FMEDA の仮定と根拠の所在を明示
- 是正策と再発防止の運用フローを提示
- 未解決事項はオーナー/期限までその場で確定
市場価値に変える:資格 × ポートフォリオ × 監査体験
資格は入口、評価は“成果物”と言える。採用側は「現場をきちんと動かせるか」を見る。
- 狙う資格/講座
ISO 26262、ISO/SAE 21434、ASPICE の3本柱を習得し、入門〜上級で共通言語と評価者目線を身につける。 - 注目されるポートフォリオ 3点セット
① 赤入れ済み HARA/TARA 抜粋
② Safety/Cybersecurity Case トップシート
③ 監査対応ログ - 職種別ロードマップ(90日設計)
設計・検証・品質・アプリケーションごとに具体的な練習項目を設定。 - 職務経歴書の“言い換え”例
悪例:「HARA を実施」
良例:「ADAS マイコン向け HARA を主担当。S/E/C を再定義し ASIL C→D の再評価を主導。…」 - 最新の公表例
半導体メーカーの ISO/SAE 21434 認証、ISO 26262 準拠デバイス、ASPICE CL3 の取得などが進んでいる。
「資格を持っている人」より、「評価される成果物を作れる人」が強い

最短距離のロードマップは以下のとおり。
- 入門講座で共通言語を獲得
- HARA/TARA → コンセプト → 要求 → 試験 → Case を 1 サイクル回す
- 監査に同席し、指摘→是正→再発防止まで完走する
- 匿名化ポートフォリオに落とし込み、面接では設計判断の根拠と証拠を語る
こうしてみると、「資格を持っている人」より、「評価される成果物を作れる人」が強いと言える。
今日から 1 つでよいので成果物を作り、次の監査でそのまま使える証拠にしよう。それが、車載半導体で確実に“食える“道なのだ。
転職準備の“仕上げ”として、模擬監査、トレーサビリティのライブ実演、失敗談の整理を用意するのが有効だ。面接では状況・課題・行動・結果を明確に示し、成果物は1枚図+根拠束で提示しよう。
サイバーと機能安全を両立させた意思決定の軌跡が見えれば、即戦力評価に直結する。
*この記事は以下のサイトを参考に執筆しました。
参考リンク
- インフィニオン、AURIX™ TC4x の ISO/SAE 21434 認証を取得
- NXP、イメージング・レーダー・プロセッサ S32R47 を発表(ISO 26262 を前提に展開)
- UL Solutions、Silicon Motion の ASPICE CL3 評価(ケーススタディ)
- Silicon Motion、車載用 SSD コントローラで ASPICE CL3 達成(プレス)
- McKinsey「Generative AI in automotive software development」(2025年1月)
- STMicroelectronics、electronica China での自動車向けソリューション展示(Teseo VI に言及)