東大と住友電工、“6G向けGaN”実現で一歩前進!──高周波デバイスの性能向上に光明

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2025年7月、東京大学大学院工学系研究科と住友電気工業は、新しい窒化物半導体ヘテロ接合における電子散乱機構を解明したと発表した。対象となったのは、窒化スカンジウムアルミニウム(ScAlN)と窒化ガリウム(GaN)を組み合わせたScAlN/GaNヘテロ接合構造であり、次世代のGaN高電子移動度トランジスタ(GaN-HEMT)のバリア層候補として注目されている材料系である。

共同研究は、ScAlN/GaNヘテロ接合に形成される二次元電子ガス(2DEG)の移動度を制限する主要因が、界面の「ラフネス(粗さ)」に起因する散乱であることを明らかにした。GaN-HEMTはすでに5G基地局など高周波用途で実用化が進んでおり、その先には6G向け高出力・高効率デバイスの市場が控えている。今回の成果は、その材料ロードマップにおいて「改善すべきポイント」を明確にしたと言える。

本稿では、公式発表を基に、以下の観点から内容を整理する。

・共同研究で何が明らかになったのか
・6Gを見据えた高周波デバイスの性能向上とどう結び付くのか
・材料・装置・デバイスを持つ日本企業にどのような示唆があるのか

共同研究の中身──何が解明されたのか

1. ScAlN/GaNヘテロ接合とGaN-HEMT

GaN-HEMTは、異なる窒化物半導体の界面に電子を閉じ込め、その高速な輸送を利用して高周波動作を実現するトランジスタである。従来は、GaN層上にAlGaNをバリア層として形成し、その界面に二次元電子ガスを生成する構造が一般的だった。

今回の共同研究は、このバリア層をScAlNに置き換えたScAlN/GaNヘテロ接合を対象とした。ScAlNは強い自発分極を持ち、GaNとの界面で高密度の二次元電子ガスを形成できる点が特徴である。高い電子密度は高出力動作や小型化につながる重要要素だ。

2. 二次元電子ガスの「移動度」を押さえ込んでいたもの

電子密度が高くても、電界に対して電子がどれだけ速く応答できるかを示す「移動度」が低ければ、高周波デバイスの性能は伸びない。

東京大学と住友電工の研究グループは、住友電工が提供した高品質GaN/SiC基板上にScAlN/GaN構造をMBEで形成し、温度依存ホール測定などで輸送特性を詳細に解析。その結果、移動度を支配的に制限していた要因が、ヘテロ接合界面のラフネスに起因する散乱であることが明らかになった。

界面ラフネス散乱とは、原子レベルの凹凸によって電子の流れが乱される現象を指す。従来は不純物やフォノンなどが複合的に影響していると考えられてきたが、今回の解析では界面ラフネスが支配的であると結論付けられた。

3. 「何を改善すればよいか」が明確になった意義

東京大学の発表は、ScAlN/GaNヘテロ接合の電子散乱機構を整理し、「界面ラフネスの低減が移動度向上の鍵」と明確化した。住友電工は、自社リリースで界面ラフネス改善による高性能GaN-HEMT実現への意欲を示している。

今回の成果は以下の点で重要だ。

・ScAlN/GaNという材料系のポテンシャルを否定するものではなく、
・性能を引き出すうえでのボトルネックを特定し、改善方向を示した

材料選定からデバイス開発まで一貫で取り組む企業にとって、リソース配分の判断材料として大きい成果だ。

6G高周波デバイスとどうつながるのか

1. 6Gで求められるトランジスタの条件

6Gでは、5Gよりもさらに高い周波数帯の活用が検討されている。高周波化に伴い伝送損失が増加し、電力効率や線形性への要求も厳しくなる。その中心に位置づけられるのが高周波電力増幅器であり、心臓部となるのがGaN-HEMTだ。

高周波電力増幅器の性能は以下に左右される。

・出力電力密度
・電力付加効率
・動作周波数と利得

いずれも電子密度と移動度のバランスに強く依存するため、材料と界面設計が極めて重要となる。

2. ScAlN/GaNが投げかける設計課題

ScAlNはAlGaNより強い分極を持ち、高密度二次元電子ガスが得られる材料として期待されている。しかし今回の研究が示したように、界面ラフネス散乱が強いと移動度が抑制され、高周波デバイスとしての性能を十分に引き出せない。

これにより、高周波デバイス設計では以下の2つが同レベルで重要となる。

・電子密度を高める材料選択
・電子がスムーズに流れる界面制御・プロセス技術

6G向け開発では材料を置き換えるだけでは不十分であり、成長条件、界面前処理、バッファ層設計、成長中モニタリングといった総合的アプローチが不可欠となる。今回の成果はその基礎となる物理メカニズムを提供した格好だ。

3. 6G準備投資としての位置付け

6Gの商用化は2030年代と見込まれ、現在は研究段階にある。しかし、高周波デバイスの材料・構造は既に高度化が進んでおり、次世代材料の開発はすでに始まっている。

ScAlN/GaNのような新ヘテロ接合技術は、

・近未来の高性能GaN-HEMT候補であり、
・6G時代に向けた材料・プロセスの選択肢を広げるテーマ

界面ラフネス散乱の解明は、どの部分を改善することで競争力を得られるかを示す技術指針となる。

住友電工が握る材料・デバイスの両輪

1. 高品質GaN/SiC基板という足場

共同研究では、住友電工が高品質GaN/SiC基板を提供した。GaN-HEMTの性能はバリア層だけでなく、下地となるGaN層や基板の品質にも影響される。特に熱伝導率の高いSiC基板は、高出力動作における熱マネジメントの観点で重要だ。

基板を安定供給できること自体が材料メーカーの強みであり、大学との共同研究を通じて界面物性を把握し、自社のロードマップに反映できる点にも意義がある。

2. 自社GaN-HEMTへの応用意向

住友電工は今回の成果を踏まえ、界面ラフネス改善による高密度・高移動度2DEG形成を実現し、自社GaN-HEMTの性能向上につなげる方針を示している。また、この研究成果はICNS(International Conference on Nitride Semiconductors)の招待講演にも採択され、専門家からの評価も得ている。

材料とデバイスを一体で扱う姿勢は、技術的ボトルネックを把握しやすいという利点があり、新材料系ではその強みが競争力を左右する。

3. 産学連携モデルとしての意味

東京大学はMBE成長技術と輸送特性評価で物性理解を担当し、住友電工は基板供給とGaN-HEMT開発の知見を持つ。この役割分担は以下を示している。

・大学:物性起点で課題を可視化
・企業:ロードマップと接続し解決策を実装

6G、パワー半導体、光電融合など他分野でも、同様の産学連携モデルをどう築くかが重要になっている。

日本の半導体サプライチェーンへの示唆

1. 材料・装置・評価の「三位一体」

界面ラフネス散乱の解明は、材料、装置、評価の3レイヤーすべてに影響する。

成膜装置・プロセス
界面粗さは原料供給、基板温度、成長速度などの条件と密接に関係し、平坦性を制御するプロセスウィンドウ設計が求められる。

評価・計測
ホール測定や構造解析など、ラフネスと移動度を定量評価する技術は、材料開発と製品開発の双方に不可欠だ。

デバイス設計
界面ラフネスが支配的散乱の場合、プロセス前提の設計最適化が必要となる。

日本にはこれら3レイヤーそれぞれに強みを持つ企業が揃っており、今回のような物性研究はそれらを束ねる共通言語となる。

2. 「6G窒化物」をどう事業ポートフォリオに組み込むか

6G向け窒化物半導体は、現時点では収益化しにくいが、2030年代を見据えた長期テーマとして重要である。

材料・基板メーカーは、ScAlN/GaNやGaN/SiCを研究開発ポートフォリオに組み込みつつ、既存ビジネスとのシナジーをどう確保するかが課題となる。装置メーカーは次世代GaNプロセス提案を通じて共同開発を積み上げる必要がある。デバイスメーカーはAlGaN/GaNの改良と並行してScAlN/GaNの導入タイミングを見極める必要がある。

今回の共同研究は、こうした長期テーマを「物性レベル」にまで落とし込み、サプライチェーン全体の議論材料を提供したと言える。

材料研究を「ネットワークの競争力」につなぐ視点

東京大学と住友電工が明らかにしたScAlN/GaNヘテロ接合の電子散乱機構は専門的なテーマに見えるが、本質は「6Gを見据えた高周波デバイスのボトルネックを早期特定し、開発リソースの焦点を絞った」点にある。

6Gはまだ先の話に思えるが、材料・装置・デバイスの開発はすでに動き始めている。どの企業がどの材料系を選び、どの課題に取り組むか。その選択が2030年代のネットワーク装置市場のポジションを左右する。

界面ラフネス散乱という単一の物理現象は、材料メーカーにとってはプロセス開発テーマであり、装置メーカーには制御パラメータ、デバイスメーカーには設計制約となる。今回の共同研究は三者をつなぐ共通の課題認識を提供したと言える。

本件は単なる研究トピックではなく、「6G窒化物」分野で日本企業がどのような優位性を築くかを考えるうえでの重要な手掛かりだ。材料物性という足元から、ネットワーク競争力という上位レイヤーまでをつなぐ視点が、今後の半導体投資戦略にますます求められる。

*この記事は以下のサイトを参考に執筆しました
参考リンク

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