2025年10月9日、日本の輸出管理制度「補完的輸出規制(キャッチオール規制)」の見直しが施行された。今回の改正では、通常兵器(核兵器などの大量破壊兵器以外の兵器)への転用リスクを念頭に、用途要件と需要者要件の考え方が整理され、輸出者の確認・申請プロセスも拡充された。2025年4月9日には政省令・告示・通達の改正が公表され、運用資料(手続フロー図、客観要件確認シート、Q&A)が順次整備されてきた。
これによって半導体・電子部品・装置・材料を扱う企業は、貨物の出荷だけでなく、設計データや製造条件といった「技術提供」の取り扱いまで視野に入れた審査体制の見直しが求められる。
これらの措置は、同年9月29日に外国ユーザーリスト(End User List)の更新・拡充が告知され、10月9日適用となった一連の運用強化と連動している。経産省はグローバルな安全保障環境の変化に対応し、汎用品・技術の軍事転用リスクに対する管理の実効性向上を狙う。
本稿はこの見直し策を整理し、半導体サプライチェーンへの影響を考察する。
改正の詳細

今回の見直しでは、リスト規制に該当しない汎用品であっても、輸出者が当該取引について「通常兵器の開発・製造・使用に用いられる恐れが高い」と判断した場合に、経産大臣の許可申請が義務付けられた。
判断の拠り所は、(1)用途要件(最終用途が通常兵器関連か)、(2)需要者要件(相手先が軍・軍関係機関等に該当、あるいは関与が懸念されるか)である。
運用面では、輸出者が手続フロー図と客観要件確認シートに沿って該当性を確認し、該当する場合に許可申請へ進む流れが示されている。
さらに、EUや米国などを含む「グループA国」向けであっても、懸念国等への迂回調達が懸念される場合には、輸出者に対して申請の必要性を通知(インフォーム)できる枠組みが整備された。
従来、地理的区分で安全と見なしていた取引であっても、最終需要者や調達経路によっては申請対象となり得る点が実務上の変化である。これにより、地域区分よりも用途・需要者の実態を重視する運用へ比重が移ったと言える。
半導体関連で想定される品目・行為
1. IC、UAV向け部材、特定合金・磁性材料、製造用装置の部分品

経産省の説明資料では、通常兵器転用の恐れが強い製品が示されている。半導体に関連する領域では、集積回路(IC)、無人機(UAV)向け部材、特定合金・磁性材料、製造用装置の部分品などが想定される。
たとえば同一仕様のICであっても、民生機器向けの量産案件と、防衛装備品向けの試作案件では、用途・需要者の情報によって判断結果が異なる。同じカタログスペックの商品だからといって、一律に「安全」とは言えない構造になっている。
2. 回路設計データ、工程レシピ、測定ノウハウなど「技術提供」も
また、製品だけでなく、回路設計データ、工程レシピ(膜厚・温度・圧力などの条件)、測定ノウハウ、教育・研修の提供は、情報としての「技術の輸出」に該当する。クラウド共有や、海外子会社・協力先とのデータ連携も運用対象に入る。
3. 外国ユーザーリストの更新
2025年9月29日、経産省は外国ユーザーリストの改正として、15か国・地域の835団体(前回比87増)を発表した。2025年10月9日から適用された。
リストは、掲載先向けの取引は原則として輸出許可申請が必要(用途により例外あり)という運用の目安となる。契約交渉やサプライヤ選定の初期段階から、リスト該当有無を確認しておくことで、後工程でのスケジュール遅延を避けやすくなる。
現場フローの要点
1. 確認の順序

実務では、①仕向地の区分、②貨物・技術の内容(該当条項の観点)、③最終用途(通常兵器関連該当の有無)、④需要者(軍・軍関係・関与懸念の有無)を順に確認することが基本となる。とくに最終用途・最終需要者の確認は、見直し後の中心工程である。
判断に至った根拠の文書化(入手資料、確認過程、照会結果)と保存は不可欠で、後日の監査・説明の基盤となる。半導体企業の場合、営業部門とコンプライアンス部門のどちらがどこまで確認するかをあらかじめ線引きし、案件ごとに判断のログを残せるようにしておきたい。
2. 迂回調達の懸念がある場合もインフォーム制度の対象に
グループA国向けでも、迂回調達の懸念がある場合は、輸出者に対し許可申請の必要性が通知することができる。地域だけでの“安全判定”では不十分で、仕入れ・販売・移転の経路まで含めた確認が必要である。
たとえば、グループA国の企業が窓口となっているが、実際には別の地域の最終需要者に製品が渡る構図が想定される場合、経路の確認と用途説明の精度が問われる。こうしたケースを拾い上げるには、契約書やインボイスの記載内容だけでなく、実際のビジネススキームを把握しておくことが重要になる。
3. 初期スクリーニングの目安
社内の初期スクリーニングでは、HSコード情報が目安として活用できる。もっとも、最終判断は用途・需要者の実態に基づくため、コード一致のみでの白黒判定はできない。初期段階では「候補抽出」、審査で「用途・需要者評価」という二段構えが適切である。
半導体企業では、見積依頼や引き合い段階でHSコード・仕向地・顧客属性から一次スクリーニングを行い、一定の条件に該当した案件をコンプライアンス担当へエスカレーションする、といった運用が現実的だろう。
国際環境と対外コミュニケーション

日本の見直しは、国際的な安全保障環境の変化の下で実施された。同年9月29日には、中国商務省が日本の外国ユーザーリスト運用に懸念を表明したことが報じられ、今後も相互の通商上の対話が続くとみられる。
企業実務としては、制度の趣旨と運用を踏まえ、顧客・仕入先との情報共有を強化し、用途・需要者の確認に関する説明責任を果たすことが重要である。
社内では規程・教育・エスカレーションの明文化を進め、社外には確認依頼の標準書式や用途説明の定型化を提示することで、確認の迅速化と透明性向上を図ることができる。
半導体サプライチェーンは、多層・多国間でつながっており、1社だけで完結することはほとんどない。輸出管理を「自社の負担」と捉えるのではなく、サプライチェーン全体のリスクを見える化する共同作業として位置付けることが、長期的には取引先からの信頼確保につながる。
社内ルールと現場フローを見直すきっかけ

今回の見直しは、輸出管理の実務の重心を、図面やスペック表に基づく「仕様中心」から、最終的な使われ方と相手先を見る「用途・需要者中心」へと移しつつある。半導体は、材料→前工程→後工程→実装→保守という長いサプライチェーンの各所で、データと部材が国境を越えるものとなる。したがって、設計からサービスまで一貫して同じ確認思想を適用し、判断の根拠を記録として残す体制が欠かせない。
実務対応の肝は、次の3点に集約できる。第一に、プロジェクト着手前のゲート審査へ用途・需要者の確認項目を常設すること。第二に、技術提供の線引き(設計データ、工程レシピ、遠隔支援、研修など)を明文化し、アクセス管理と提供記録を運用すること。第三に、社内外の対話を定型化すること(問い合わせ窓口、標準様式、エスカレーション手順の整備)である。
これらは規制対応であると同時に、将来の監査や顧客説明に耐えるための「見えない競争力」でもある。輸出機会を守りつつコンプライアンスを確保するには、確認→記録→対話のサイクルを、日々のライン運用に組み込めるかどうかが問われる。
今回の見直しは、そのための社内ルールと現場フローを見直すきっかけなのである。
*この記事は以下のサイトを参考に執筆しました。
参考リンク