加速する半導体業界のM&A  だからこそより重要になる各企業の技術力

競合他社の戦略
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2025年、半導体業界ではM&A(企業買収)や資本提携の動きが、明確な“意図”を持って加速している。その背景には、生成AIやEV(電気自動車)の爆発的普及、地政学的リスクの高まりなど、技術とビジネス的戦略が複雑に絡み合う構造変化がある。

こうした環境下で企業は、時間・人材・供給網・市場アクセスといった経営資源を外部から獲得する手段としてM&Aを選択している。本稿では、いま注目される3つの買収事例と、それらが持つ戦略的意味、そして今後の業界地図への示唆を読み解く。

成長領域の取り込み合戦:注目される3つのM&A事例

以下で今注目される3つのM&A事例を紹介する。

1. Analog Devices × Maxim Integrated:アナログ統合の完成形

米Analog Devices(ADI)は2021年に米Maxim Integratedの買収を発表し、2024年にかけて統合を完了させた。これにより、アナログ・ミックスドシグナル市場において世界最大規模の製品ポートフォリオを形成。自動車、産業機器、通信分野を軸に、高性能電源管理やセンサソリューション領域でのシナジーが期待されている。この統合は、分野特化型の“強者連合”による市場支配戦略の象徴といえる。

2.ミネベアミツミ×日立パワーデバイス:日本発パワー半導体連合(SiC/IGBT)

2024年5月、ミネベアミツミは日立製作所傘下の日立パワー半導体デバイスを買収し、完全子会社化した。これにより、IGBTやSiCパワー半導体の設計・製造体制を手中に収め、EVや再エネ向けの供給能力を大幅に引き上げた。将来的には2030年に売上3,000億円規模の事業へと成長させる構想を掲げている。

国内素材・パワー技術とミネベアミツミのグローバル供給網が統合されることで、日本発のパワー半導体競争力が再浮上しつつある。

Arm × Treasure Data:エッジAI とデータ基盤の融合戦略

2023年7月、英Armはクラウドベースのデータ管理プラットフォームを提供する米Treasure Dataを買収。これにより、IoT・エッジAI向けのデータ処理フローの統合を進め、クラウドからデバイスまで一貫したデータパイプラインを形成する戦略が始動した。

Armにとっては、単なる技術補完ではなく、「データ中心のコンピューティング」構想を実現するための基盤整備と言える。

なぜ“買収”という手段が選ばれるのか?

次になぜM&Aに走るのか、その理由を探ってみたい。

1.即戦力となる外部リソースを持つ企業を“パートごと”に買収

生成AIやパワー半導体のように技術進化のサイクルが短い分野では、「ゼロから作る時間」自体が最大のリスクとなる。M&Aは、必要な技術や人材を一括で取り込み、開発スピードを数年単位でショートカットする手段として極めて合理的だ。

設計・材料・セキュリティ・データ管理といった機能ごとに、即戦力となる外部リソースを持つ企業を“パートごと”に買収する手法が定着しつつある。

2.もはや自国のサプライチェーン自律性を確保するうえで不可欠な存在に

米中摩擦、半導体輸出規制、欧州の国家補助金など、国際政治は半導体業界の地図を根底から揺るがしている。M&Aはもはやビジネスの論理だけでなく、「どの国の企業が、どの技術を所有するか」という安全保障上のテーマとも絡んでいる。

たとえば、日系企業が国内製造・国内設計企業を買収するという動きは、日本国内のサプライチェーン自律性を確保するうえで不可欠なのである。

3.買収される側にとっても大きなチャンスに

買収される側にとっても、M&Aは事業成長のチャンスである。中堅規模のEDA企業、組込みOSベンダー、先端パッケージ材料メーカーなどは、一点突破の技術を持つことで、大手から“選ばれる存在”になる。

自社の技術優位性を磨くことと同時に、「どう魅せるか=ブランディング」も評価を左右する。単独成長と、統合戦略への最適化。両面の設計が今後のM&A市場での競争力を左右する。

自社の技術をスタンダード化できるか、どうかが鍵

このように、半導体業界のM&Aはただの成長手段ではなく、産業の設計思想そのものを映す鏡になりつつある。AI、パワー、EDA、エッジデータ──いずれの分野でも、技術・人材・供給網の取り合いが、再編のスピードを加速させているのだ。

この動きにおいて、重要なのは「買うか、買われるか」ではない。大切なのはどの技術分野で、自社の技術をスタンダード化できるかなのだ。

それを見極める力が、今後の事業ポジショニングと競争優位を左右すると言えるだろう。                  TMH 編集部 坂土直隆

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