パワー半導体が直面する供給網の不安定化
パワー半導体は、自動車、産業機器、再生可能エネルギー分野において不可欠な技術であり、その需要は年々増加している。特に、EV(電気自動車)市場の拡大やデータセンターの電力効率向上の需要に伴い、シリコン(Si)ベースのIGBT(絶縁ゲートバイポーラトランジスタ)や、新世代のSiC(炭化ケイ素)、GaN(窒化ガリウム)デバイスが注目されている。しかし、この市場の急成長により、パワー半導体のサプライチェーンは深刻な課題に直面している。本記事では、供給の変動要因と地政学的リスクの影響を分析し、業界の未来を展望する。
供給の不均衡と地政学リスクがもたらす影響

1. 供給と需要のミスマッチ
パワー半導体の市場は2023年時点で約420億ドル規模(出典:Gartner)に達し、2030年には800億ドルを超えると予測されている。しかし、供給側はこの急成長に追いついていない。主要な課題は以下の3点である。
- 生産キャパシティの不足:
- パワー半導体の製造には特殊な設備が必要であり、新工場の立ち上げには5年以上の時間を要する。
- 2021年以降の半導体不足の影響で、シリコンウェーハの供給がひっ迫し、SiCウェーハの生産能力も限られている。
- 設備投資の集中化:
- Infineon、STMicroelectronics、Wolfspeedなどの企業はSiCの製造拡大を進めているが、投資の回収期間が長く、新規参入が困難。
- 需要予測の難しさ:
- EV市場の成長が予想より速いため、パワー半導体の供給予測が難しく、投資のタイミングを誤ると供給過剰または不足が発生する。
2. 地政学リスクの影響
パワー半導体のサプライチェーンは、アメリカ、ヨーロッパ、日本、中国、台湾の主要プレイヤーが絡む複雑な構造を持つ。しかし、地政学的要因がこのバランスを崩しつつある。
- 米中対立と輸出規制:
- 2022年以降、米国政府は中国向けの先端半導体輸出規制を強化。
- SiC・GaN材料の供給元として中国が大きな役割を担っているが、輸出制限が生産能力に影響を与える可能性がある。
- 台湾・中国問題:
- TSMCがパワー半導体の製造において重要な位置を占めるが、台湾海峡の緊張がサプライチェーンリスクを高めている。
- 欧州と日本の政策強化:
- 欧州ではSTMicroelectronicsがSiCの内製化を進め、日本では三菱電機やロームが投資を拡大。
- 各国政府が補助金を投入し、国内生産強化を図っているが、短期的な供給不足の解決には至っていない。
3. 業界の対応策と未来展望
パワー半導体のサプライチェーンリスクに対処するため、各企業は以下の戦略を進めている。
- 多元的な供給網の構築
- Infineonは欧州・アジアに分散投資。
- Wolfspeedはアメリカ国内にSiCの大規模生産拠点を構築。
- 日本企業はASEAN諸国への生産拠点移管を検討。
- 新技術による生産効率向上
- SiCデバイスの歩留まり向上。
- ウェーハサイズの拡大(4インチ → 6インチ、8インチへ)。
- 政府の補助と規制対応
- アメリカCHIPS法による国内生産支援。
- 日本の経済安全保障政策に基づく半導体支援策。
次の10年、業界の選択肢は?

パワー半導体市場の成長は確実であり、企業は地政学リスクと供給網の変動に対応しながら、戦略的な投資を行う必要がある。短期的にはSiCとGaNの供給制約が続くが、中長期的には新規プレイヤーの参入と技術革新によって市場は拡大すると予測される。今後、各企業がどのようなアプローチを取るかが、業界全体の方向性を決定づけるだろう。