2025年12月、独Infineon Technologies(インフィニオン テクノロジーズ)は「グローバル全拠点が100%グリーン電力で稼働した」と発表した。
2030年のCO₂ニュートラル目標(同社がScope 1・2として示す範囲)に向けた節目であり、年間で約975,150トン(約97.5万トン)のCO₂e(CO₂換算)排出回避に相当すると説明している。
このニュースは、環境施策の話に留まらない。
半導体産業では、製造能力(キャパシティ)を決める要素が「装置・人・材料」だけでなく、「電力の調達設計」へと拡張しているからだ。
とくに電動化(xEV)や再エネ、データセンター向けのパワー半導体は、需要側の“脱炭素”を支える一方、供給側(工場)の電力由来排出をどう管理するかが、調達・投資・リスク管理の論点として表面化している。
その分、電力調達は財務と製造の共同領域になるのだ。
本稿では、①全拠点100%グリーン電力化の意味、②PPA(長期電力購入契約)での“確保”の実態、③SBTi承認を含む目標体系とサプライチェーン要件、④日本企業が見るべき評価軸、の4点を整理し、その意味を考察する。
重要なのは100%グリーン電力化が“宣言”ではなく、運用状態として公表された点

インフィニオンの発表でまず押さえるべきは、100%グリーン電力化が“宣言”ではなく、グローバル全拠点に適用した運用状態として公表された点である。購入電力に伴う排出(Scope 2)は、電力の調達設計(再エネ電力の確保、長期契約、証書等の活用など)によって排出量の見え方が大きく変わる領域である。
同社は、全拠点の切り替えにより年間約975,150トンのCO₂e排出回避に相当すると説明している。
また、2019年を基準年とする中間目標(2025年度末までにScope 1・2を70%削減)について、実績が80%超の削減になったとも記載している。ここで注目すべきは、削減率そのものだけでなく、事業規模が拡大する中で達成したと同社が併記している点。
製造能力の拡大と排出削減を同時に成立させるには、工程側の効率改善だけでなく、電力を「どのように・どれだけ・どの期間」確保するかという調達設計が、操業条件として重要になるからだ。
なお一般論として、企業の「100%グリーン電力」は、電力調達の手段を組み合わせて成立するのが通常であり、重要なのは「継続可能な運用設計になっているか」。
半導体工場は設備投資の回収期間が長く、操業停止のコストも大きい産業である。
ゆえに“環境対応”のための電力調達が、いつの間にか“操業継続”のための要件に転化しやすくなる。
PPAは単なる指標ではなく「長期の電力確保契約」

100%グリーン電力化を“再現性のある仕組み”にするには、単年度の調達ではなく、長期にわたり必要量を確保できる枠組みが必要である。そこで鍵になるのがPPA(Power Purchase Agreement:発電所と結び、長期で電力を購入する契約)。
インフィニオンは2025年10月、ドイツ・ブランデンブルク州の風力発電所からの電力を「10年・合計550GWh」、スペインの太陽光発電所からの電力を「5年・合計220GWh」調達するPPAを公表した。
対象拠点として、ドイツのドレスデン、レーゲンスブルク、ヴァルシュタイン、ミュンヘン近郊などを挙げている(550GWhは約5億5,000万kWh、220GWhは約2億2,000万kWhに相当)。
ここで重要なのは、PPAが単なる環境の指標ではなく、工場稼働に必要な電力を、量と期間で押さえる長期契約だという点。半導体工場は24時間稼働が前提で、電力の制約は生産計画・歩留まり・顧客納入に直結する。
したがって、PPAは再エネ比率を上げる手段であると同時に、操業を安定させるための調達ポートフォリオの「核」になる(なお、PPAには契約形態の違いがあり、全量を単独で賄うことはない)。
インフィニオンがPPAを「長期のグリーン電力需要を確保し、再エネ拡大も支える」と説明した点は、脱炭素と供給安定を同じ設計図で扱っていることを示している。これは、電力を“操業条件として固定化する”という意味で、企業活動の方向性の正しさに直結する論点である。
同様の枠組みは、同業他社でも具体化している。Reutersは2025年1月、TotalEnergiesがSTMicroelectronicsと、フランスの半導体生産拠点向けに再エネ電力を供給する15年契約を締結したと報じた。
大切なのは「継続的に更新でき、証跡が残り、説明可能であること」

見落としやすいのは、「自社工場の排出削減」だけで評価すると、次の段階(サプライチェーン要件)を読み違える点である。インフィニオンは、SBTiによって2030年の削減目標が承認されたと公表している。
ここでの72.5%は「自社(Scope 1・2)の削減率」を指し、2019年比でScope 1・2の絶対排出量を2030年までに72.5%削減するコミットメントなのだ。
一方で、同社がScope 3で掲げる72.5%は「削減率」ではなく、サプライヤ側の目標設定カバレッジ(対象範囲)。すなわち、サプライヤ排出量のうち72.5%が、2029年までに科学的根拠に基づく目標にカバーされる状態を目指す、という意味になる。
ポイントは、ここから先の脱炭素が“CSR部門の努力目標”ではなく、購買・品質・生産計画と同じレイヤーで運用される管理項目になっていく点。サプライヤが排出量を計測し、目標を設定し、十分に監査・説明に耐える形で提示できることが、取引の前提条件として組み込まれていくのである。
半導体産業では、供給の安定性や品質保証が、厳密な手順と証跡で担保される。CO₂データも同じように、単に「相手に提出できること」ではなく、「継続的に更新でき、証跡が残り、説明可能であること」が問われやすい構造なのである。
評価軸を「電力×サプライチェーン」に置く

ここまでの事実から導かれる実務論点は、次の3点に集約される。
1.サプライヤは「CO₂データ提出能力」を工程能力と同列に扱う
インフィニオンがScope 3で掲げた数値目標は、サプライヤ側の体制整備を前提にしている。材料・装置・部材企業は、製品別の排出量(原単位)の算定方法、データ更新頻度、監査対応(証憑の整備)を“業務プロセス”として用意する必要がある。
ここで大切なのは、個別顧客ごとに都度対応するのではなく、算定・証跡・提出の標準化を先に設計し、営業・品質・製造が同じデータを使える状態にすること。
2.ファブ投資では「電力の契約設計」を初期要件に入れる
PPAの数字(550GWh/10年、220GWh/5年)は、工場の稼働を支える電力を“量で押さえる”具体例。国内で新増設・増産を検討する企業は、送電網制約、再エネ調達手段、長期契約の可否を、工場立地・拡張計画の初期から織り込む必要がある。
電力は操業コストであると同時に、供給継続性を成立させる条件でもある。意思決定の順番を誤り、建屋・設備計画が先行した後に電力制約が顕在化すると、立ち上げの遅延や稼働率低下という形で、投資回収に跳ね返る。
3.脱炭素を「コスト」ではなく「供給の確度」として扱う
インフィニオンの施策は、電力由来排出の削減と、電力調達の安定化を同時に進めている。半導体は需給変動が大きい産業だが、顧客にとっては“必要な時に届く”ことが価値となる。
したがって、設備投資計画の説明において、電力の調達設計(グリーン電力の適用範囲、長期契約の有無、拠点別の手当て)がどこまで具体的に示されているかが、供給計画の実行条件を読み解く材料になる。
今後は「電力とデータを継続的に確保できる設計か」が重要に

今回の発表は、インフィニオンが購入電力に伴う排出(Scope 2)への対応を“実装フェーズ”へ進めた事例であり、2030年CO₂ニュートラル(Scope 1・2)に向けたロードマップの中間到達点でもある。
さらに2025年5月には、SBTi承認のもとでScope 1・2を2019年比72.5%削減(2030年)し、サプライヤ排出量の72.5%を2029年までに科学的目標でカバーする方針を示している。
これに対する日本企業は、①電力調達を工場の設計変数として扱うこと、②CO₂データの算定・証跡・提出を“標準業務”にすること、③顧客のScope 3要件に合わせてサプライチェーン側の目標・体制を整えること、の3つが大切である。
「脱炭素」は単なる企業の広報テーマではなく、供給の信頼性と取引継続性を左右する運用要件として、具体的な数値と期限を伴いながら、すでに実装フェーズに入っているのである。
今後は「どれだけ削減したか」だけでなく、「電力とデータを継続的に確保できる設計になっているか」が、キャパと収益の確度を分ける評価軸になるだろう。
*この記事は以下のサイトを参考に執筆しました。
参考リンク
- Infineon runs on 100 percent green electricity
- Infineon to purchase long-term green electricity
- Infineon gains approval of Science Based Targets
- Sustainability at Infineon (Report PDF)
- Infineon Annual Report 2025
- TotalEnergies signs 15-year deal with STMicroelectronics
- Europe should focus on sustainable chip production