なぜ今、成熟プロセスなのか?
「半導体は微細化が命」──この定説が業界の基本ルールであった。しかし、近年の市場動向を見れば、必ずしも最先端プロセスが全てではないことが明らかだ。90nmや130nmといった、いわゆる“レガシープロセス”の需要が急拡大している。なぜ今、成熟プロセスが再び脚光を浴びているのか? 本記事では、その背景と新たなビジネスチャンスを紐解いていく。
成熟プロセスが創出する3つの巨大市場
1.自動車産業が生む「堅牢性」需要
EV(電気自動車)やADAS(先進運転支援システム)の普及により、車載半導体の需要は爆発的に増加している。しかし、車載用途では最先端の3nmや5nmのプロセスは必須ではなく、むしろ成熟プロセスの方が適しているケースが多い。理由は「信頼性」と「長寿命」だ。
自動車メーカーは通常、10年以上の製品寿命を求める。そのため、長年の実績があり、製造技術が確立されている90nmや130nmのプロセスが選ばれやすい。特にパワー半導体やマイコンの分野では、90nmのプロセス技術が安定しており、TSMCやUMC、日本のルネサスエレクトロニクスなどが積極的に投資を進めている(出典:TSMC 2023年報告書)。
2. IoT・産業機器が求める「低コスト・省電力」

スマートホームや工場のスマート化が進む中、IoTデバイスの市場は拡大を続けている。IoTデバイスは基本的に低消費電力・低コストが求められるため、最先端のプロセスを使うメリットが少ない。例えば、スマートメーターや産業用センサーでは、90nmのプロセスで製造されたMCU(マイクロコントローラ)やRFID(電波を利用して非接触で情報をやり取りする識別技術)が多く使われている。
さらに、レガシープロセスはファウンドリの生産コストも低く、チップ単価を抑えられる点も大きなメリットだ。特に中国のSMICや台湾のTSMCなどは、90nmのプロセス技術を活用し、低コストのIoT半導体市場を狙っている(出典:SMIC公式サイト)。
3. ディスクリート半導体・アナログ市場の成長

アナログIC、パワーIC、MEMSなどの分野では、最新の微細プロセスは必要ない。例えば、電源管理IC(PMIC)や各種センサーは、90nmやそれ以上のノードで製造されることが一般的だ。特に電動化が進む産業機器や、5Gインフラ向けのRFデバイスでは、90nmプロセスの安定性が重要視される。
この流れを受け、TI(テキサス・インスツルメンツ)やSTマイクロエレクトロニクスは、90nm前後のプロセス技術を活用し、新たなアナログ・ディスクリート製品を投入している(出典:TIニュースルーム)。
レガシープロセスを制する者が市場を制す

半導体業界において、最先端ノードばかりが注目されがちだが、実際には成熟プロセスが依然として重要な役割を果たしている。特に90nmプロセスは、車載、IoT、アナログ市場などで確固たる需要を持ち、多くの企業が戦略的投資を進めている。
今後、レガシープロセスを活用した差別化戦略を持つ企業こそが、半導体市場において持続的な競争力を確保することになるだろう。「90nmは過去の技術」ではなく、「90nmが最前線」──それが、現代の半導体市場のリアルなのである。