半導体の地政学リスクは、これまで輸出規制や補助金政策の文脈で語られることが多かった。だが実際に直近で問題となっているのは、輸送の問題であり、それはだんだん重みを増しているのだ。
本稿では、イエメンの親イラン武装組織フーシ派による、紅海およびアデン湾を航行する商船へのミサイル・ドローン攻撃が急増している危機的状況であるいわゆる「紅海リスク」が、この輸送問題に与えている影響を取り上げ、今後の半導体サプライチェーン・マネジメントはどうあるべきかを考察する。
揺れる大手海運企業

2026年1月15日、デンマークの総合コンテナ物流企業であるMaersk(マースク)は、同社の海運サービスである「MECLサービス」のスエズ運河を経由して地中海と紅海(アジアとヨーロッパ)を結ぶ航路や物流ルートへの復帰を公表した。続いて2月3日には、マースクとドイツの海運会社Hapag-Lloyd(ハパックロイド)が両社の共同運航提携である「Gemini Cooperation」で共有する1サービスについて、マースク側表記では「ME11」、ハパックロイド側表記では「IMX」として、紅海・スエズ経由を段階導入すると発表した。
一方、フランスの大手コンテナ海運・物流グループであるCMA CGM(シーエムエー・シージーエム)は1月20日、FAL1、FAL3、MEXの3サービスを喜望峰経由に戻すと発表した。さらにハパックロイドも2月下旬、IMXサービスの一部便について、紅海地域の運航制約を理由にトランス・スエズから喜望峰経由へ切り替えると発表した。再開と再回避が同じ四半期に並んでおり、現実は「戻る」「戻らない」の二択ではなく、サービス単位で運用が揺れる局面にある。
リードタイムの振れ幅をどう吸収し、工程停止の確率をどう下げるか

この変化が半導体サプライチェーンに突き付けているのは、平均リードタイムをどう縮めるかという問いだけではない。むしろ、リードタイムの振れ幅をどう吸収し、工程停止の確率をどう下げるかが前面に出てきた。影響を受けやすいのも、完成品チップのような高付加価値貨物に限らない。温湿度管理を要する部材、化学品、装置用スペアパーツ、特殊梱包材など、数量は小さくても欠品時の停止コストが大きい品目がある。
物流各社も、状態監視、温湿度管理、VMI、スペアパーツ供給、工場近接型の倉庫運営といった機能を前面に出しており、半導体物流の弱点が「量」よりも「条件付きの安定供給」にあることを示している。紅海リスクは、半導体SCMを「効率の設計」から「継続の設計」へ再点検させる材料になっている。
航路再開は「正常化」ではなく、条件付きの運用再開にとどまる

今回の紅海・スエズ再開を、そのまま通常運転への復帰とみなすのはまだ早い。ハパックロイドは2月3日の公表で、Gemini Cooperationの共有サービスを紅海・スエズ経由へ移すにあたり、通航は海軍支援付きで実施すると説明した。マースクもMECLのトランス・スエズ復帰に際し、地域の安定が継続することを前提とし、情勢悪化時には個別便またはサービス全体を喜望峰経由へ戻す可能性があるとしている。米海事当局MARADの商船向け注意喚起もなお有効で、同当局は紅海、バブ・エル・マンデブ海峡、アデン湾などを対象に、AIS運用や航海計画、関係当局との連携を含む追加対応を求めている。輸送が一部で再開しても、運用はなお例外管理の上に成り立っている。
その不安定さは、海上輸送全体の定時性にも表れている。ノルウェーの物流スタートアップXeneta(ゼネタ)によると、2026年1月の世界コンテナ海運の定時到着率は29%に低下し、到着遅延は4.2日まで拡大したという。これは半導体専用レーンの実測ではなく、あくまで世界海運全体の指標である。ただ、半導体工場にとって問題なのは、平均輸送日数が何日短くなるかだけではない。到着時点の予見性が低いままなら、生産計画、保守計画、装置立ち上げ計画のいずれにも余白を持たせざるを得ない。ここで問われているのは、輸送スピードよりも、輸送の予見性である。
先に制約要因になりやすいのは、高単価品より「止めたくない小口」

半導体物流では、制約要因が必ずしも高単価品から現れるとは限らない。ドイツのDHL(ディーエイチエル)は半導体向け物流で、Assembly and Test向けの入出庫、サンプル移動、在庫運営、スペアパーツ供給、状態監視を含む機能を示している。
SBS東芝ロジスティクスは、シリコンウエハ、化学材料、装置用パーツ、補修部品、FOSB運搬ケースなどを取扱品例として掲げ、防塵、温湿度管理、静電気対策、必要時1時間以内の出荷対応を示している。
NXグループも、半導体産業を重点分野と位置付け、温湿度管理などの専門対応や、JIT倉庫、工場立ち上げ支援を前面に出している。物流側がここまで細かい条件管理を標準機能として掲げていること自体、半導体SCMの弱点が「大量輸送」よりも「条件を崩さずに止めないこと」にあると読むことができる。
ここで優先順位を誤ると、SCMは見かけ上の効率を保ちながら、現場の停止リスクを高める。平時には脇役に見える化学品、副資材、補修部品、特殊梱包材の方が、輸送変動局面では先に制約要因になりやすい。半導体SCMで優先管理の対象になりやすいのは、「高いモノ」そのものではなく、「欠けると止まるモノ」である。紅海リスクは、その順番を改めて可視化している。
在庫は「多いか少ないか」ではなく、「どこに置くか」が問われる

このため、在庫戦略も単純な積み増しでは機能しにくい。必要なのは、全品目を一律に厚く持つことではなく、欠品時の停止コストが大きい品目を工程の近くに置くことである。SBS東芝ロジスティクスはVMI倉庫や間材倉庫を通じた供給体制を示し、製造拠点向けに24時間365日の安定供給や緊急出荷対応を打ち出している。DHLグループ傘下のコントラクト・ロジスティクス企業であるDHLサプライチェーンも2025年8月、北海道・千歳で半導体産業向け物流センターの建設に着手し、在庫保管、構内物流、エンジニアリングパーツのオンデマンド配送を担う拠点と位置付けた。物流投資が工場近接型へ寄っているのは、輸送遅延を倉庫の位置で吸収しようとする動きとみることができる。
ここで分けて考えるべきなのは、「需要変動を吸収する在庫」と「操業継続のための在庫」である。前者は受注や市況の波に備えるが、後者は一度欠けるだけでライン停止、装置停止、立ち上げ遅延を招きうる品目を守るためにある。紅海リスクが示したのは、この二つを同じ棚で議論しにくくなっている現実である。半導体サプライチェーン・マネジメントでは今後、化学品、スペアパーツ、特殊梱包材といった小口・高重要度品目の近接配置が、在庫戦略の中心となる可能性がある。
輸送と契約の指標は値決めから「切り替え可能設計」へ移る

また、輸送設計も変わる可能性がある。DHLは半導体物流で、近リアルタイム監視、リスク評価、コンティンジェンシープラン、コントロールタワーによる動的ルーティング、同日配送や特別航空貨物などを組み合わせた運用を発表している。
SBS東芝ロジスティクスも、国内外配送、航空・海上輸送、通関、現地配送まで一貫で扱う体制を掲げる。重要なのは、どのやり方が最安かをその都度比べることではない。どの条件で海上継続、どの条件で緊急配送や別ルートに切り替えるのかを、平時から決めておくことである。紅海・スエズがサービス単位で往復する以上、海上一択の前提は脆い。輸送モードはコスト削減手段である以上に、工程停止を避けるための可変手段として扱う必要がある。
契約も同じである。ゼネタによると、2026年1月21日時点で、直近3カ月に発効した極東―地中海の長期運賃は2025年末比で25%低下し、極東―北欧州も10%低下した。運賃だけを見れば、下押し圧力が出始めた局面とも読める。だが半導体サプライチェーンにとって重要なのは、ルート変更時の追加費用、滞留に伴う保管費、緊急切り替えコスト、在庫積み増し費用を誰が負担するかを、あらかじめ契約で定めておくことである。紅海リスク下の契約は、単なる値決めではなく、変動時の責任分界を明確にする設計書としての性格を強めている。
設計思想を止めないことを前提に組み替えられるかどうか

紅海リスクが半導体業界に突き付けているのは、海運市況の変化そのものではない。最短輸送を前提に組んできたサプライチェーン・マネジメントの設計思想を、止めないことを前提に組み替えられるかどうかである。2026年1月から2月にかけての海運各社の動きは、紅海・スエズが「再開したか否か」で整理できる段階にないことを示した。再開はある。だが、同じ期間に再回避も起きている。そこにあるのは完全な正常化ではなく、揺れを残した運用再開である。
半導体サプライチェーン・マネジメントにとって重要なのは、何日短くなるかではない。化学品、部材、保守パーツ、特殊梱包材のような「止まりやすいモノ」を、どこに置き、どう運び、どこまで契約で守るかである。輸出規制だけを地政学リスクとみなす時代は、すでに狭い。輸送路の不確実性まで設計に織り込める企業ほど、供給を守る力を持つ。
*この記事は以下のサイトを参考に執筆しました。
参考リンク
- MECL Service Returning to Trans-Suez routing
- Structural Change to the Gemini Cooperation’s ME11 Service First Gemini service to transit the Red Sea
- Hapag-Lloyd and Maersk to transit Red Sea with one Gemini service
- Update on Red Sea Transit and Temporary Route Adjustments
- FAL 1, FAL 3 and MEX to operate via the Cape of Good Hope
- 2025-012 Red Sea, Bab el Mandeb Strait, Gulf of Aden, Arabian Sea, Persian Gulf, and Somali Basin-Houthi Attacks on Commercial Vessels
- Xeneta Schedule Reliability Scorecard – January 2026 – Monthly Update
- Red Sea Return: What It Means for 2026 Container Shipping Contract Rates
- DHL Supply Chain Breaks Ground on Chitose Logistics Center in Hokkaido
- Semiconductor Logistics – DHL – Japan
- SBS東芝ロジスティクス/「半導体物流」サービス紹介ページ公開
- 半導体物流|電子デバイス機器物流 |SBS東芝ロジスティクス
- Semiconductor | NX GROUP
- NXグループ、半導体産業ロジスティクスソリューション紹介動画 『”RISE” Global Semiconductor with NX Logistics』を公開