車載向けパワー半導体の進化と課題
電気自動車(EV)市場は、脱炭素社会の実現に向けて急速に拡大している。国際エネルギー機関(IEA)の報告によると、2023 年の EV 販売台数は前年比約 35%増の 1,400 万台に達し、2030 年には 4,500 万台超に拡大すると予測されている。
(出典:IEA EV Outlook 2023)
この急成長の背景には、バッテリー技術の進化、インフラの整備、そして車載用パワー半導体の性能向上がある。特に、EV の駆動システムや電力制御システムにおいてパワー半導体の高効率化は不可欠であり、Si(シリコン)ベース製品から、Siよりも高い電圧や高温での動作が可能であるSiC(炭化ケイ素)やGaN(窒化ガリウム)などのワイドバンドギャップ半導体への移行が進んでいる。
本記事では、EV におけるパワー半導体の技術的進化、主要プレイヤーの戦略、そして今後の課題について考察する。
Si ベースに代わりSiC や GaN ベースの半導体が主流に

まずは、技術動向から見ていこう。EV 向けパワー半導体については従来の Si ベースの IGBT(絶縁ゲートバイポーラトランジスタ)に代わり、SiC や GaN ベースの半導体が急速に採用されつつある。特に SiC は、以下の点で EV 向けに最適とされている。
- 高耐圧・低損失:SiC は Si と比べてバンドギャップが約 3 倍広く、オン抵抗が低いため、電力変換効率を向上できる。
- 高温耐性:SiC デバイスは 200℃以上の高温環境でも動作可能であり、冷却システムの簡素化が期待できる。
- 小型・軽量化:電力損失が低減されることで、インバーターや充電器のコンパクト化が進む。
また、高周波特性:GaN はスイッチング速度が SiC よりも高速で、高周波インバーターや DC-DCコンバーターでの応用が期待されている。
この結果、米国Tesla(テスラ) や 中国のBYD(ビーワイディージャパン) などの EV メーカーはすでに SiC ベース製品の採用を進めており、今後の普及が加速すると予測される。
欧米、日系、中国系企業が激しい競争が繰り広げる車載向け市場
次に市場の動向を見てみよう。パワー半導体市場は、欧米、日系、中国系企業が激しい競争を繰り広げている。以下に各主要企業の動向を示す。
ST Microelectronics(ST):Tesla の 「Model 3」 に SiC MOSFET を供給し、市場シェアを拡大中。
- Infineon Technologies:EV 市場でのリーダー的存在であり、SiC 技術への積極投資を行っている。
- Wolfspeed(旧 Cree):SiC ウェハの供給を強みとし、米GM (General Motors)と提携している。
- ローム: SiC パワー半導体に注力。トヨタ自動車と協業しており、車載向けLED技術や車載向け製品を開発。
- 三菱電機:IGBT の強みを活かしつつ、SiC 技術開発も推進。
- 中国系企業(BYD、San’an Optoelectronics):国策の支援を受けながら、独自の SiC デバイス開発を加速。
これらの動向の中で、特筆すべきは、Wolfspeed や ST Microelectronics が縦型 SiC 技術の開発を進めている点である。従来の横型構造に比べ、縦型構造の SiC は電流密度の向上が期待できるため、次世代のパワーデバイスとして注目されている。
EV 普及に向けた課題の数々

このようにEV向けの技術も向上しており、主要メーカーの競争も激化しているが、一方でいくつかの課題も残されている。それを以下に示す。
- コストが高い
SiC や GaN デバイスは Si ベースに比べて製造コストが高いため、大量生産によるコスト低減が求められる。 - 供給網が脆弱
SiC ウェハは供給量が限られており、供給網の脆弱性が課題となる。 - 技術成熟度が未熟
GaN は高周波特性に優れるものの、EV 用途ではまだ実績が少なく、量産技術の確立が必要。 - パッケージング技術の革新が必要
SiC や GaN の特性を最大限に活かすためには、熱抵抗の低いパッケージング技術の確立が不可欠である。 - インフラ整備が必要
急速充電器の普及や電力供給インフラの強化も、EV の本格的な普及には不可欠。
次世代材料量産技術やコスト低減などが未来への鍵を握る

EV 市場の拡大に伴い、パワー半導体の進化は今後も加速するだろう。それには、次世代材料である SiC やGaN の量産技術の確立、コスト低減、サプライチェーンの強化が鍵を握ると言える。
さらに、エネルギー効率の向上が求められる中で、量子効果を活用した新素材の研究も進められている。このため、半導体メーカー各社は、競争激化の中で独自の強みを活かしながら市場シェアを拡大しようとしている。特に、SiC の縦型構造や GaN の E-mode(エンハンスメントモード)技術の確立が次世代 EVに大きな影響を与える可能性があると言えよう。
EV 革命は、単なる自動車産業の変革にとどまらず、エネルギー、インフラ、そして半導体業界全体に大きな影響を与える。これに対応していくためには、今後の動向を注視しながら、業界の成長に貢献する道を模索することが必要なのである。