#03【岡田健一】論文はゴールじゃない。9年続いた「連続採択」が途切れても見失わなかったもの

SEMICON IS MY LIFE
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Portrait of a man in a suit beside a slide reading 'Silicon is my life' with Japanese subtitle and the name 岡田 健一 氏。

世界を動かす半導体産業。その最前線を牽引してきたトップランナーたちは、どんな選択と決断を重ねてきたのか──。知られざる半生に迫る連載企画、「Silicon is my life」。

今回話を聞いたのは、CMOS(汎用的に使われる半導体技術)によるミリ波無線通信回路の研究で世界をリードする、東京科学大学教授の岡田健一氏だ。「半導体のオリンピック」と称される国際会議ISSCCに毎年のように論文を発表し、単一の研究室として世界屈指の採択数を誇る。

「従来の常識では無理」と言われたミリ波の世界に挑み、8年間に及ぶ長く苦しい「低空飛行」の時期を経て、道を切り拓いた研究者。その原点と仕事の流儀、そして次世代へのメッセージに迫る。(全4回)

(プロフィール)
東京科学大学 工学院 電気電子系 教授
岡田健一
1975年兵庫県生まれ。1998年京都大学工学部電子工学科卒業、2003年京都大学大学院情報学研究科にて博士(情報学)を取得。同年、東京工業大学精密工学研究所の助手に着任し、2007年准教授、2019年教授。2024年10月の大学統合に伴い、現在は東京科学大学工学院電気電子系教授。CMOSを用いたミリ波・テラヘルツ無線通信回路の研究で世界をリードし、IEEE国際固体素子回路会議(ISSCC)やIEEE Journal of Solid-State Circuits(JSSC)に毎年連続して論文を発表。2023年にIEEE Fellow。ドコモ・モバイル・サイエンス賞、文部科学大臣表彰科学技術賞など、国内外の受賞は50件を超える。

◾️教授就任の直後、9年連続で通っていた論文がすべて落ちた

前回お話しした「思わぬ壁」が立ちはだかったのは、僕が教授に就任したまさにその年のことでした。

2011年、「従来の常識では無理だ」と言われていたミリ波の研究で初めて集積回路の最高峰の国際会議(ISSCC)に通って以来、僕は毎年なんとか論文を通し続けてきました。1本だけ通った年もあれば、3本通った年もあります。とにかく、途切れさせないことに必死でした。実は「最初に1本通すこと」以上に、「継続して通し続けること」のほうがずっと難しいんです。

そうやって何とか9年連続で論文を通し続け、2019年の4月、僕は教授に就任しました。ところがその節目の年に投稿した論文が、すべて不採択になってしまったんです。

教授になって浮かれていたつもりも、安心しきっていたつもりもありません。ただ、もしこれが10年連続で通っていたら、「10年続いたし、ここで一区切りつけて少し休もうかな」なんて油断が生まれていたかもしれません。1本も通らなかったことで、そんなふうにホッとする余地は一切なくなってしまいました。

正直、かなりショックでした。けれども不思議と、立ち止まろうとは思いませんでした。「ああ、これはまたここから10年頑張らなきゃいけないんだな」と。そう自分に言い聞かせて、僕はいま一度、机に向かったんです。

◾️失敗の数なら、誰にも負けない

経歴だけを見ると、僕は大きな失敗もなく、順調にキャリアを築いてきたように映るのかもしれません。他の若い研究者たちからも「成功している」ように見えてしまうことがあるのですが、実際はまるで逆です。

論文がすべて通るわけではもちろんありませんし、研究費の申請がうまく通らないこともたくさんあります。研究テーマの選び方そのものを誤って、「どうもうまくいかないな」と頭を抱えたことも何度もあります。失敗の数で言えば、おそらく誰にも負けないんじゃないでしょうか。

Open book with a pen resting on its pages on a desk, blurred bookshelf in the background.

それでも前を向けるのは、昔から負けず嫌いで、悔しさがそのままバネになるからです。この分野には、世界中に本当に優秀な人がいます。学生時代は「自分が一番頭がいいんじゃないか」などと思い上がっていた時期もありましたが、研究の世界に入ると「あ、そんなわけないじゃん」とすぐに思い知らされました。

今、研究上のライバルとして脅威に感じるのは、アメリカや中国の若い研究者たちです。世界中から頭のいい人が集まってきて、しのぎを削っている。正直、そういう「バリバリ頭のいい人たち」と競い続けるのは結構つらいものです。

ただ、国際会議に行くたびに、毎年顔を合わせる仲間が増えていく。世界中のライバルたちがみんな頑張っているなと感じられることが、僕自身の大きなモチベーションになっています。会議の合間に「あなたのあの論文、面白かったよ」とお互い語り合える時間は、何より楽しいものなんです。

◾️論文を書くことは、ゴールじゃない

長く研究を続けてきて、僕には一つ、大切にしているポリシーがあります。

それは「論文を書くことを研究のゴールにしない」ということです。大学という組織にいると、どうしても論文の本数や、獲得した外部資金の額といった指標で評価されてしまいます。とくに若い先生ほど、そこを厳しく問われてしまう。評価制度上、仕方のない面もあるのですが、本来、研究というのは「論文を出すため」にやるものではないはずです。

新しい問題を解き明かし、それがめぐりめぐって30年後、50年後の社会で新しいものを生み出す。世の中の役に立つ。そこにこそ研究の本当の意味があると僕は思っています。

だからこそ、僕はあえて「論文にはならないような仕事」もたくさんやってきました。自分たちの研究成果は、きちんと企業の方に使ってもらいたい。共同研究を通じて「こういう技術があるんですが、何かに使えませんか」と持ちかける。そうした地道なやりとりこそが、大学が社会に成果を還元するということだと考えています。

もっとも、これはあくまで僕自身のポリシーであって、他の人に押し付けるつもりはありません。ただ、僕はそうありたいんです。

◾️学生に「社会の役に立つ実感」を肌で感じてほしい

「世の中の役に立つ研究を」という僕のこのポリシーは、学生たちへの指導にもそのままつながっています。研究室の中にこもって集積回路の設計をしているだけでは、その技術が社会でどう役立つのか、学生にはなかなか見えません。僕がいくら「この技術は大事なんだよ」と力説しても、ピンときていないことが多いんです(笑)。

ところが、共同研究先の企業の方が「現場ではこれがすごく重要なんですよ」と一言言ってくれると、学生たちはハッと気づく。自分のやっていることが社会と繋がっているんだと実感してくれる。僕はその瞬間を見るのがとても好きなんですよね。

面白いもので、海外からの留学生はこうした企業との共同研究に積極的なんですが、日本人の学生は企業との間に少し距離やハードルを感じてしまうところがあります。もちろん学生の過度な負担にならないよう、企業の研究員なら1人でやるようなタスクを、博士や修士の学生数人で分担して進められるように調整するといった工夫もしています。

そうやって社会との接点を持ちながら育った学生たちの多くは、やがて企業へと巣立っていきます。博士課程を出て、AppleやNVIDIA、Qualcommといった世界の名だたる企業で活躍する卒業生もたくさんいます。最近は、日本人でもアメリカへ渡って勝負する人が増えてきました。彼らが世界中に散らばり、その先でまた半導体の裾野を広げてくれる。どんな進路であれ、人がしっかり育っていくことが僕には何よりうれしいんです。

そして今、僕の視線は研究室の学生たちだけでなく、「次の世代」全体へと向かっています。半導体という産業の魅力を、どうやってこれからの若者たちに手渡していくべきか。それを真剣に考えるようになっているんです。

>>第4回に続きます。

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取材:関真希
執筆・編集:君和田 郁弥(balubo)
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