米Wolfspeed(ウルフスピード)は、2026年6月9〜11日にドイツ・ニュルンベルクで開催されたパワーエレクトロニクス展示会PCIM Europe 2026で、第5世代のSiC MOSFET技術「Wolfspeed Gen 5」を発表した。同社は、1200Vおよび750Vの車載・産業用途向けに、効率を大きく高める新世代技術として紹介している。SiCとは炭化ケイ素で、シリコンより高い耐圧、高温動作、高速スイッチングに向くワイドバンドギャップ半導体である。電力のオン・オフを制御するトランジスタである。
ウルフスピードは、Gen 5 SiC MOSFETについて、1200V品で業界最低クラスのオン抵抗を実現したと説明している。オン抵抗とは、トランジスタがオン状態のときに電流の流れを妨げる抵抗であり、低いほど電力損失を抑えやすい。
SiCはこれまでEV向けインバータの文脈で語られることが多かった。EVの航続距離を伸ばし、充電効率を高め、車載電源を小型化するためにSiCが使われてきた。しかし、AIデータセンター、再生可能エネルギー、産業機器、ロボット、急速充電インフラの拡大により、SiCの用途はEVを超えて広がっている。パワー半導体は、AI時代の電力制約を解く基盤技術になりつつある。
本稿では、Wolfspeed Gen 5 SiCを起点に、SiC技術の進化、EV以外への需要拡大、AIデータセンターとの接点、日本企業への示唆を整理する。
Gen 5 SiCの焦点:低オン抵抗と高効率

Gen 5 SiC MOSFETで注目されるのは、低オン抵抗である。オン抵抗が低いほど、電流が流れるときの損失が小さくなる。電力損失は熱になるため、オン抵抗の低減は効率向上だけでなく、冷却負荷の低減にもつながる。
同社は、Gen 5により5mm角のSiCフットプリントでより大きな電流を扱えると説明している。小さな面積で大きな電流を扱えることは、電源装置やインバータの小型化につながる。EVでは車両重量や搭載スペースの削減に効く。産業機器やデータセンター電源では、電源モジュールの高密度化に効く。
SiCの価値は、高電圧・高温・高速スイッチングにある。シリコンに比べて高い電圧を扱いやすく、スイッチング損失を抑えやすい。スイッチング損失とは、トランジスタがオンとオフを切り替える瞬間に発生する損失である。電力変換回路ではスイッチングを高速に繰り返すため、この損失を抑えることが効率に直結する。
Gen 5は、SiCがまだ性能改善の余地を持つことを示している。SiCはすでにEV向けで実用化が進んでいるが、材料品質、デバイス構造、製造プロセス、パッケージの改善によって、効率とコストの改善が続いている。
EV市場でSiCが求められる理由

EVでは、バッテリの直流電力をモーター駆動用の交流電力へ変換するインバータが必要である。このインバータで使われるパワー半導体の効率が高いほど、走行時の電力損失を減らせる。電力損失が減れば、航続距離の改善、冷却装置の小型化、バッテリ利用効率の向上につながる。
SiCは、高電圧バッテリシステムと相性が良い。800V級のEVでは、従来の400V級より高い電圧を扱うため、パワー半導体には高耐圧と低損失が求められる。SiC MOSFETはこの条件に合う。Gen 5が750Vおよび1200V用途を対象にしていることは、EVと産業用途の両方を狙う設計である。
ただし、EV市場は価格競争も激しい。SiCはシリコンIGBTより高価になりやすいため、採用には効率改善、小型化、冷却削減、航続距離改善などの総合価値を示す必要がある。オン抵抗の低減やチップ面積あたり電流の増加は、SiCのコスト競争力を高める。
AIデータセンターがSiC需要を押し上げる

SiCの次の成長領域として注目されるのがAIデータセンターである。AIサーバーは高い電力密度を持ち、施設側からラック内まで大規模な電力変換が必要になる。高効率の電源変換ができなければ、電力コストと冷却負荷が増え、データセンターの拡張に制約がかかる。
AIデータセンターでは、受電設備、無停電電源装置、整流器、DC配電、ラック電源などで高効率なパワーデバイスが求められる。SiCは高電圧領域や高出力電源に向くため、施設側・ラック側の電力変換で採用余地がある。GaNが高周波・高密度電源に向く一方、SiCは高耐圧・大電力領域で強みを持つ。用途ごとにSiCとGaNの使い分けが進む。
AIデータセンターの成長は、パワー半導体市場に新しい需要を作る。GPUやHBMが増えれば、それを動かす電源も増える。データセンターの電力効率が企業の運用コストや環境目標に直結するため、SiCのような高効率パワーデバイスの価値は上がる。
SiCサプライチェーンの焦点:基板・エピ・歩留まり
SiCデバイスの競争力は、デバイス設計だけでなく、基板、エピタキシャル成長、欠陥管理、歩留まりに左右される。エピタキシャル成長とは、基板上に結晶層を成長させる工程であり、SiC MOSFETの性能に大きく影響する。SiC基板はシリコン基板より製造が難しく、結晶欠陥やコストが課題になってきた。
ウルフスピードはSiC基板からデバイスまで手がける垂直統合企業として知られる。基板品質とデバイス性能を一体で改善できる点は強みである。一方、SiC市場では、ローム、三菱電機、STMicroelectronics(STマイクロエレクトロニクス)、Infineon(インフィニオン)、onsemi(オン・セミコンダクター)なども競争している。各社は6インチから8インチへの移行、歩留まり改善、コスト低減を進めている。
SiCの普及には、デバイス性能だけでなく供給安定性が重要である。EVやデータセンターでは長期供給が求められるため、基板供給、製造能力、品質保証が採用の前提になる。Gen 5のような新世代技術は、性能改善と同時に量産性を示す必要がある。
日本企業への示唆:SiC用途をEVだけに限定しない

日本企業にとって、SiCは重要な競争領域である。ローム、三菱電機、富士電機などはパワー半導体で存在感を持ち、材料・装置・部材企業もSiCサプライチェーンに関与している。Wolfspeed Gen 5の発表は、SiC競争がまだ技術進化の途上にあることを示す。
日本企業が見るべきポイントは、SiC用途をEVだけに限定しないことである。AIデータセンター、産業機器、再生可能エネルギー、急速充電、ロボット、鉄道など、高効率電力変換が必要な市場は広い。特にAIデータセンターでは、電力制約が成長のボトルネックになりつつあり、SiCの価値を説明しやすい。
また、SiCはデバイス単体ではなく、モジュール、ゲートドライバ、冷却、基板、実装、信頼性評価を含むシステム提案が重要である。日本企業は、材料・デバイス・モジュール・顧客アプリケーションをつなぐ提案力を高める必要がある。
SiCの第2成長期はAI電源から始まる

ウルフスピードのGen 5 SiC MOSFETは、SiCがEV向けだけでなく、AIデータセンターや産業機器を含む高効率電力変換の中核技術へ広がることを示したと言ってよい。
半導体従事者が注目すべきなのは、AI時代の電力需要がパワー半導体市場を押し上げている点だ。GPUやHBMが増えるほど、電力を効率よく変換するSiC、GaN、電源IC、冷却技術が必要になる。AIデータセンターは、SiCにとってEVに次ぐ成長領域になるのである。
用語解説
SiC
炭化ケイ素。シリコンより高耐圧、高温動作、高速スイッチングに向くワイドバンドギャップ半導体。EVや産業機器、データセンター電源で使われる。
MOSFET
電力のオン・オフを制御するトランジスタ。パワー半導体では、電力変換回路のスイッチとして使われる。
オン抵抗
トランジスタがオン状態のときに電流の流れを妨げる抵抗。低いほど導通損失が少なく、電力効率が高まる。
スイッチング損失
トランジスタがオンとオフを切り替える瞬間に発生する損失。電力変換回路では効率を左右する重要な要素である。
エピタキシャル成長
基板上に結晶層を成長させる工程。SiCデバイスでは、エピ層の品質が耐圧、オン抵抗、信頼性に影響する。
*この記事は以下のサイトを参考に執筆しました。
参考リンク
- Wolfspeed Unveils the Industry’s Lowest RDS(ON) Silicon Carbide SiC MOSFETs in New Technology Generation
- Wolfspeed Unveils the Industry’s Lowest RDS(ON) Silicon Carbide SiC MOSFETs in New Technology Generation(Investor Relations)
- Wolfspeed introduces Gen 5 SiC MOSFET technology
- 「まだ革新の余地」プレーナー技術を磨くWolfspeed、第5世代・SiC MOSFET投入
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