SEMICON INDIA速報「Oil to Chips」― デジタルダイヤモンドを掲げるインドの野望

世界の業界リーダー動向
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Semicon India 2025に見る国家戦略と地政学

序章:石油から半導体へ、時代の主役交代

「Oil was Black Gold, but Chips are Digital Diamonds」。
モディ首相がセミコンインディアで語ったこの一節は、単なる修辞ではない。20世紀を石油が形作ったように、21世紀を半導体が決定づける──インドはその認識を国家戦略の中核に据えている。

世界の半導体市場はすでに6000億ドル規模に達し、2030年には1兆ドルを超えると予測される。これまで“消費国”にとどまってきたインドが、自らを“生産国”へと変貌させ、この巨大市場で存在感を高めようとしている。セミコンインディアは、その決意を国内外に向けて発信する舞台となった。

日本訪問の意味:装置立国へのリスペクト

セミコンインディア直前、モディ首相は日本を訪問し、東京エレクトロン(TEL)の工場を視察した。
半導体産業において製造装置が「ボトルネック」であることは業界の常識であり、露光装置や成膜・洗浄・検査といった各工程を担う機材群は国家の競争力を左右する。
インドが日本に寄せる視線は、外交儀礼を超えた“装置パートナー”へのリスペクトだと理解できる。
TEL、SCREEN、信越化学、JSRといった日本勢なしにインドのファブ計画は前進しない。
モディ首相が「日本の技術力を尊重する」と公言したことは、インドの半導体戦略が現実的な基盤を見据えている証拠といえる。
日本にとっても意味は大きい。成熟ノード対応の中古装置やリファービッシュ機材が、インド投資ラッシュの中で新たな出口市場を得る可能性があるからだ。半導体装置のライフサイクルを長く活かすことができれば、日本企業の収益機会は広がる。

中国との距離感:歴史認識と現実主義外交

一方、中国との関係はさらに複雑だ。モディ首相は訪中後、北京で行われた「抗日戦争勝利」を祝う軍事パレードにインド代表団を派遣しなかった。これは単に国境紛争を意識した牽制ではなく、日本への歴史的配慮の意味合いが強い。インドは日中双方と経済関係を維持しつつ、このような象徴的な場面で日本への敬意を示したのである。
インドと中国は1962年の中印戦争以降、係争地帯で緊張を抱え続けてきた。2020年にはガルワン渓谷で両軍が衝突し死者を出すなど、安全保障上の不信は根強い。
しかし経済面では、製造装置や原材料、パッケージング技術などで中国が持つリソースは無視できない。
インドは「完全に切り離さず、依存を限定的にとどめる」という現実主義外交を採っている。

半導体戦略の軸:二階建てモデル

インドの半導体戦略は、短期と長期で明確に構造が分かれている。

短期:レガシーノードの国産化
Micron Gujarat工場:ATMP(組立・テスト)拠点として27.5億ドルを投資、2025年からパッケージング開始予定。
Tata Electronics:カルナータカ州に110億ドル規模のファブ建設計画、28nmを中心に成熟ノードを狙う。
CG Power:65nm以上のアナログ半導体を生産し、産業・自動車分野への供給を目指す。
Kaynes Technology:SiCベースのパワー半導体試作を開始。

これらはすべて成熟ノード領域に属し、最先端のEUV露光装置導入は想定されていない。中古装置や既存技術の導入が前提であり、日本・台湾の中古装置市場との親和性が高い。

長期:先端設計への飛躍

バンガロールやノイダのデザインセンターでは、AI・車載・通信向けの最先端チップ設計が進む。モディ首相が強調した「数十億トランジスタ規模の設計力」は、製造ではなく設計知財で先端市場に食い込む戦略の表れである。
この「二階建てモデル」によって、インドは短期的に製造基盤を整備し、長期的には知的財産(IP)と設計でグローバル市場に存在感を示そうとしている。

人材戦略:設計の強みとFab人材の不足

インドの最大の強みは人材だ。世界の半導体設計人材の約20%がインドに集中している。
Qualcomm Indiaはハイデラバードで1万人規模の拠点を持ち、Intel Indiaはバンガロールに最大規模の海外開発拠点を展開、MediaTekも数千人単位の設計者を抱える。
EDAツールやアウトソーシングの分野でインドは既に世界的存在感を持つ。
一方でFab人材は圧倒的に不足している。量産工場の立ち上げ経験を持つエンジニアはほとんどおらず、台湾、日本、シンガポールなどから外部人材を招聘しなければならない。
モディ首相が若者に「製造オペレーションへの挑戦」を呼びかけたのは、まさにこの人材ギャップを埋めるためのメッセージだ。

この課題を克服できるかどうかが、インド半導体産業の持続性を左右する。

サプライチェーン再編の中のインド

世界の半導体サプライチェーンは「中国依存からの脱却」という転換点を迎えている。米国の対中規制を背景に、Micronがインドに投資を決断したことは象徴的だ。
米国:安全保障の観点からインドをパートナーに位置付け、サプライチェーン多様化を推進。
日本:装置・材料での供給力を通じた協力余地。
中国:安保面では距離を置きつつ、経済面では限定的関与。
インドはこの三角関係を利用し、「誰とも全面対立せず、全方位から利益を引き出す」戦略を採っている。
セミコンインディアで発表された投資案件の多くは、この地政学的背景に基づく。

「File to Factory」のスピード感

モディ首相は「半導体ではスピードが命」と繰り返した。インド政府はシングルウィンドウシステムを導入し、中央と州の承認を一元的に取得可能にした。さらに「プラグ・アンド・プレイ型」の産業団地を整備し、土地・電力・港湾・空港・人材をパッケージで提供する。
過去に装置導入や用地取得に数年を要した日本や台湾の事例と比較すると、インドの制度改革は大胆である。遅れて参入したからこそ、規制緩和と実行スピードで追い抜くという戦略を鮮明にしている。

国際比較:インド型モデルの独自性

台湾はTSMCを軸に官民一体で技術輸入を進め、韓国はサムスンを中心に国家資本と財閥主導で産業を拡大した。
これに対しインドは、「設計人材の豊富さ」と「政策主導のスピード感」を軸とする独自モデルを描こうとしている。
インド型モデルは、最先端ノードで一気に追いつくことは難しいが、レガシーからミッドノード領域で裾野を築き、設計知財で先端領域に挑むという二正面戦略だ。
これは既存大国のモデルを単純に模倣するのではなく、インド独自の資源配分に基づいた戦略といえる。

未来像:「Designed in India, Made in India」

モディ首相はスピーチの最後で「Designed in India, Made in India, Trusted by the World」と語った。
これは単なるスローガンではなく、インドが自国の半導体を世界市場に送り出す未来像の宣言である。

石油が20世紀の覇権を決めたように、半導体は21世紀のパワーゲームを決める。
インドはそのゲームに後発ながら参入し、速度と人材を武器に存在感を増している。
日中という二大隣国をにらみながら、インドは「第3の極」として半導体市場に食い込む──セミコンインディアはその決意を内外に示す舞台となった。

モディ首相スピーチ全文(日本語訳)

皆さん、こんにちは。
私の内閣の同僚であるアシュウィニ・ヴァイシュナヴ大臣、デリー首都圏首相レーカー・グプタ氏、オディシャ州首相モハン・チャラン・マジ氏、連邦閣僚ジティン・プラサド氏、SEMI会長アジット・マノーチャ氏、インド国内外の半導体産業を牽引するCEOの皆様とその関係者の皆様、各国からお越しのゲストの皆様、スタートアップに関わる起業家の皆様、そして全国から集まった若き学生の友人たち、そしてご列席の皆様。

昨夜、日本と中国から帰国したばかりです。私がそこに行ったことを称えて拍手しているのか、それとも無事に戻ったことを称えているのか、どちらでしょうか(笑)。
そして今日、私はこの「ヤショブーミ(Yashobhoomi:インド国際コンベンション・エキスポセンターの愛称)」に、希望と自信に満ちた皆さんと共にいることを大変嬉しく思います。

ご存じのとおり、私は生来テクノロジーに強い情熱を持っています。最近の訪日時には、日本の首相・石破茂氏と共に東京エレクトロンの工場を訪問する機会を得ました。先ほど同社のCEOからも「モディ首相が訪れた」と言及がありました。

このように私は技術への関心から、何度でもこの場に足を運んでいます。
そして今日も皆さんと共にあることを嬉しく思います。

ここには、世界40〜50か国以上から半導体の専門家が集まっています。
そしてインドの革新力と若い力もここに結集しています。この組み合わせが示すメッセージは一つです。

「世界はインドを信頼している。世界はインドを信じている。そして世界はインドと共に半導体の未来を築く準備ができている」 ということです。

セミコンインディアにお越しいただいた皆様を心から歓迎します。
皆さんは「発展するインド」「自立するインド」への旅の重要なパートナーです。

先日、今年第1四半期のGDP成長率が発表されました。世界各国が経済の停滞や保護主義的課題に直面する中で、インドは7.8%という力強い成長を達成しました。この成長は製造業、サービス、農業、建設業などあらゆる分野に広がっています。

インド経済が見せるこのスピード感は、産業界や国民、そして私たちすべてに新しいエネルギーを注ぎ込んでいます。この成長の方向性こそが、インドを「世界第3位の経済大国」へと押し上げていくのです。

半導体の世界にはこんな言葉があります。
「20世紀の黒いダイヤは石油だった。21世紀のデジタルダイヤは半導体だ」

前世紀は石油によって世界の運命が左右されました。石油の産出量によって世界経済は揺れ動きました。
しかし21世紀の力は、わずか数センチにも満たないチップの中に宿っています。小さなチップが、世界の進歩を大きく左右するのです。

現在、世界の半導体市場は6000億ドル規模に達し、数年以内に1兆ドルを突破するでしょう。そしてインドは、この1兆ドル市場において大きなシェアを担う存在になると確信しています。

インドのスピードをお示ししましょう。
2021年にセミコンインディア・プログラムを開始し、2023年には最初の半導体工場を承認。
2024年にはさらに複数の工場を認可し、2025年には新たに5件のプロジェクトを承認しました。
結果として、10件の半導体プロジェクトに総額180億ドル(約1.5兆ルピー超)の投資が進んでいます。
これは世界がインドへの信頼を深めている証です。 半導体はスピードが命です。「ファイルから工場まで(File to Factory)※1」の時間が短いほど産業は成功します。
政府は「国家シングルウィンドウシステム」を導入し、中央・州の承認をワンストップで取得可能にしました。
投資家は煩雑な書類作業から解放されています。

※1:書類の承認申請(ファイル)から実際の工場稼働(ファクトリー)までの時間を可能な限り短縮するという意味

さらに「プラグ・アンド・プレイ型」の産業団地も整備中です。
土地・電力・港湾・空港・人材がセットで提供され、PLIインセンティブや設計助成金が加わることで産業は確実に成長するでしょう。
インドは後工程から始まり、「フルスタック半導体国家」へと進化しています。

すでにCG Powerのパイロット工場が8月28日から稼働、Kaynesのパイロットも始動間近です。MicronやTataもテストチップを生産しており、今年中に商用チップの生産が始まる予定です。

インドの半導体の成功物語は、単一技術に留まりません。設計から製造、パッケージング、ハイテク機器まで、包括的なエコシステムを構築しようとしています。

さらにインドは、世界最先端の技術を取り入れながら進んでいます。
ノイダやバンガロールのデザインセンターでは数十億トランジスタ規模のチップ設計が進行中で、これらは21世紀の没入型テクノロジーを支える力になるでしょう。
今日のデジタル社会の基盤は、物理インフラにおける鉄に匹敵する「重要鉱物」に支えられています。
インドは「国家重要鉱物ミッション」を進め、レアアースなどの国内供給を拡大しています。
この4年間で数多くの鉱物開発プロジェクトを推進してきました。

また、スタートアップや中小企業もこの産業成長に不可欠です。
インドは世界の半導体設計人材の20%を抱えており、若者は「人材工場」と言っても過言ではありません。
私は若い起業家、イノベーター、スタートアップに呼びかけます。
政府は「設計助成金」や「Chips-to-Startupプログラム」で皆さんと共に歩んでいます。

多くの州政府も独自の半導体政策を策定し、インフラや投資環境を競い合っています。これは健全な競争であり、インド全体の半導体基盤を強化するものです。

インドは「改革、実行、変革」という道を歩んできました。次の段階として「次世代の改革」を開始します。セミコンインディア・ミッションも進化段階に入りつつあります。

最後に、投資家の皆様へお伝えします。
インドは皆様を心から歓迎します。
言い換えるなら、「設計図は整い、マスクはアライン済み。次は精密に実行し、大規模に成果を出す時だ」

私たちの政策は短期的なシグナルではなく、長期的なコミットメントです。
すべてのニーズに応え、「Designed in India, Made in India, Trusted by the World」という日が必ず訪れるでしょう。

一つひとつのビットが成功を収め、一つひとつのバイトがイノベーションに満ち、我々の旅が常にエラーなく高性能であることを願っております。

ご清聴ありがとうございました。

参考リンク

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