半導体工場は、24時間365日で動く「電力集約型」の製造拠点である。製造装置は電力品質(瞬時電圧低下や停電)に左右されやすく、操業側の関心は「止まらない電気」をどう確保するかに置かれている。
同時に近年は、電力の“量”だけでなく「その電力がどれだけ脱炭素か」を説明できることが、調達・顧客対応・開示の前提になっている。電力は単なるコストを左右する対象から、操業継続と取引条件を支えるインフラへと位置づけが変わっているのだ。
ここで重要なのは、電力の論点が「設備」だけでは語れないこと。操業を止めないための電力(BCPや電力品質)と、脱炭素を説明できる電力(Scope2の説明責任)は、同じ“電力”でも設計のレイヤが異なる。実務では、この2つを混同せずに、リスク許容度に合わせて別々に設計し、最後に整合させる発想が求められる。
2025年12月2日、東芝デバイス&ストレージの製造グループ会社であるジャパンセミコンダクターは、水上太陽光発電設備を運営する国下池メガフロート(OTSが100%出資)と、香川県の水上太陽光発電設備に由来する「環境価値」を調達するバーチャルPPA(vPPA:Virtual Power Purchase Agreement、仮想電力購入契約)を締結した。アグリゲーター(需要家側のエネルギーリソースを束ね、需給調整や取引を支える事業者)は、AIで制御・融通する電力システムを提供するデジタルグリッドが担う。
発表では、対象設備は合計設備容量7,842.1kW、連系設備容量6,000kVA(キロボルトアンペア、特別高圧設備)で、「西日本最大規模の水上太陽光」(2025年12月時点、東芝デバイス&ストレージ調べ)と説明されている。ジャパンセミコンダクターの温室効果ガス削減効果は年間約4,173トン(CO2換算)とされ、算定には東北電力の2023年度排出係数(残差)0.402kg-CO2/kWhが用いられている。これは、環境価値の適用(排出量算定の前提)を、東北電力エリアの拠点を念頭に置いて整理しているため。
本稿では、このvPPAが「半導体の電力確保」に対してどんな意義を持つのかを、実務の論点に分解して整理する。
この契約は「電気」ではなく「環境価値」

今回のvPPAは、発電された電気そのものを工場へ届ける契約ではない。企業と発電事業者が、再生可能エネルギー(再エネ)由来の「環境価値」(非化石証書など)だけを取引する契約といえる。
表でも、国下池メガフロートが供給するのは水上太陽光発電設備由来の環境価値であり、ジャパンセミコンダクターがそれを購入するという形になっている。
この形は、フィジカルPPA(発電所の電力と環境価値をセットで需要家へ届ける形)との対比でみてみるとわかりやすい。デジタルグリッドは、コーポレートPPAを「フィジカルPPA」と「バーチャルPPA」の2つに大別し、後者を「電力と環境価値を切り離し、環境価値のみを需要家に届ける手法」と説明している。
半導体にとっては、工場の受電や系統制約と切り離して環境価値を調達できる点が、実務上の利点になる。
もう1つの利点は、意思決定のレイヤ分離。vPPAは環境価値の調達手段なので、電力料金メニューや小売との契約とは別に設計できる。結果として、製造側は操業リスク(停電・瞬低・受電容量)と、開示・顧客対応(再エネ比率・排出量)の論点を分けて管理できるのだ。
「止めない電気」をどう確保するかと、「脱炭素をどう説明するか」を切り離せること自体が、調達の自由度を上げることになる。
狙いは「脱炭素の説明責任」の調達設計での前倒し

半導体産業では、排出量の開示や削減計画の提示が、サプライチェーン管理の重要な案件となっている。東芝デバイス&ストレージは、2030年度までに製造拠点の温室効果ガス排出量を100%削減する目標(カーボン・クレジット購入を含む)を掲げ、今回のvPPAも再エネ利用拡大の一環と位置付けている。
このvPPAに先立つ取り組みとして、東芝デバイス&ストレージは2025年6月、加賀東芝エレクトロニクスが北陸電力とオフサイトPPAモデルの契約を結び、再エネ由来の電力の使用を開始したと発表している。
オンサイト(敷地内)とオフサイト(敷地外)の導入を進めたうえで、今回「環境価値の調達」に踏み込んだ流れは、脱炭素を単独施策ではなく、複数手段を組み合わせる“調達ポートフォリオ”として扱っていることを示す。
一方で、このvPPAは環境価値の取引であり、受電容量の増強や停電対策そのものではないことを念頭に考えることも必要だ。操業継続(BCP:事業継続計画)に必要な要件は、系統・自家発・蓄電池・需要抑制など別の設計で担保する必要がある。
今回の意義は、操業リスク対策とは別に、脱炭素の説明責任を“調達条件として”整えるところにある。言い換えると、脱炭素対応を「毎年の運用判断」から「設計された契約」に移す動きなのである。
脱炭素を「運用コスト」から「設計された調達コスト」へ変える

今回のvPPAは、デジタルグリッドが提供する再エネマッチングのオークションサイト「RE Bridge」を通じてマッチングし、同社が「GPA(Green Purchase Agreement)」と呼ぶ形で締結されたという。
GPAは、FIP制度(Feed-in Premium、再エネの市場販売にプレミアムを上乗せする制度)を活用した環境価値の直接取引で、精算方法を工夫することで需要家が購入する環境価値価格の変動を抑える設計とされている。
ここで注意すべきは、「価格変動の抑制」が契約の要件として明示されている点。環境価値を単年度でスポット調達すると、価格と数量の確保が毎年の意思決定に戻り、計画性が下がる。長期契約で調達枠と精算を定義することは、脱炭素を「運用コスト」から「設計された調達コスト」へ変えるアプローチなのだ。
加えて、取引の成立コストにも着目すべきである。デジタルグリッドは2025年7月18日、「RE Bridge」の登録発電家数が同年7月11日に100社を突破したと発表した。
背景として、2025年4月の制度改定により、既設(2022年4月以前に運転開始した)発電所でも需要家との環境価値取引が認められたことや、透明性のある販売チャネルとしての認知が挙げられている。発電家の裾野が広がるほど、需要家はニーズに合う電源を選びやすくなり、契約交渉の探索コストも下がる。
政策面でも、脱炭素電力の利用が産業立地や投資と結びついている。Reuters(ロイター)は2025年12月23日、日本政府が脱炭素電力を全面利用する企業などを対象に、5年間で2,100億円(約13.4億米ドル)の投資補助を用意すると報じた。
このことからも、電力の“中身”が、投資の条件として扱われていることが分かる。
なぜ「水上太陽光」なのか

今回の環境価値の最大の特徴は、ため池の水面に太陽光パネルを設置する水上太陽光発電ということである。発表では、水冷効果による発電効率向上、土地造成が不要になる点がメリットとして挙げられている。
半導体の脱炭素で現実的な制約になるのは、工場敷地内や周辺に設置できる再エネが有限であること。オンサイトだけで賄える範囲には上限があり、設備投資をしても再エネ比率を十分に引き上げられないケースが発生する。
これに対し水上太陽光は、土地利用に関する調整負荷を下げ、追加の再エネ供給源を作る手段として位置付けられる。
今回の対象設備が「西日本最大規模」(2025年12月時点、東芝デバイス&ストレージ調べ)とされている点は、再エネ調達を“単発の施策”ではなく、規模を持つ調達設計として扱っていることを示す。
ここで重要なのは、ジャパンセミコンダクターが規模や発電量だけではなく、一定規模の環境価値を長期に確保し、説明責任に耐える形で数字まで揃えている点である。
電力は“設備投資”から“調達アーキテクチャ”へ

ジャパンセミコンダクターと国下池メガフロートのvPPAは、半導体の脱炭素を「工場に再エネ設備を載せる」発想から、「環境価値を長期で確保し、価格変動を抑える精算条件まで設計する」発想へ押し進めた。
一方で、この契約は“止まらない電気”を直接増やすものではない。操業継続(電力品質・停電対策・受電容量)と、脱炭素の説明責任(Scope2の再エネ比率や排出量)は切り分けたうえで、最後に整合させる必要がある。
ここから得られる示唆は、電力の“中身”がKPIとして扱われる時代に、脱炭素を「運用」ではなく「調達アーキテクチャ」として前倒しで設計するやり方が、具体例として提示されたこと。
もはや「脱炭素」は、単なる“企業広報”ではなく、半導体産業にとって重要な案件としての領域に入ったという点。一方で、vPPAは操業リスク対策(停電・瞬低・受電容量)そのものではないため、両者を切り分けたうえで、整合する調達アーキテクチャを組むことが、今後の競争力になるのだ。
*この記事は以下のサイトを参考に執筆されました。
参考リンク
- 加賀東芝エレクトロニクスのオフサイトPPA導入
- RE Bridge登録発電家数100社突破
- FIP制度を活用したバーチャルPPA提供
- 日本政府の脱炭素支援策