この記事のポイント
- 臓器チップとAIの連携により、従来の細胞・動物実験では得られなかった生体類似データの取得が可能に
- 非小細胞肺がんを対象とした個別化mRNAがんワクチンの臨床研究など、先進的な応用が進展
- モデルごとの技術標準化や自動化による、高品質かつ大規模なデータ収集プロセスの確立が課題
AIとマイクロ流体デバイスの融合が拓く創薬の新展開
手のひらサイズの透明なマイクロ流体チップ上に数十個の微小な「小部屋」が配置され、その中では米粒ほどの大きさの心筋球が自律的に拍動しています。高倍率の顕微鏡下で観察されるこの微小な心臓の拍動周期や振幅は、隣接するコンピューター画面上で人工知能(AI)アルゴリズムによってリアルタイムに心電図として解析・可視化されています。
このデモンストレーションは、2026年国際微小生理システム連盟(iMPSS)アジア太平洋サミット兼第9回オルガノイド・生体模倣チップ学術会議の技術展示エリアで公開されたもので、AIと生体機能チップ(臓器チップ:Organs-on-Chips)の融合がもたらす革新的な成果を示しています。
数字医学工程全国重点実験室の主任であり、東南大学器官芯片(臓器チップ)研究院の院長を務める顧忠沢(Gu Zhongze)教授は、「臓器チップは、従来の臨床試験や動物実験では取得できないデータを生成することができ、それらのデータはAIツールの開発基盤となります。しかし、臓器チップ単体ですべての疾患モデルを網羅することは不可能です。細胞実験や動物実験のデータとAIを統合し、『デジタル仮想人間(Digital Virtual Human)』を構築することで、開発中化合物の薬効を予測する必要があります」と述べ、両技術の融合による将来展望を語りました。
個別化mRNAがんワクチンなど次世代創薬への応用
中国科学院の院士であり北京大学の教授を務める程和平(Cheng Heping)氏は、オルガノイドや臓器チップをはじめとする微小生理システム(MPS:Microphysiological Systems)の本質的な価値は、従来の2次元細胞培養や動物実験の限界を打破し、体外でヒトの実際の生理状態に極めて近い複雑な生体システムを再構築できる点にあると指摘します。
AI時代に入り、臓器チップの存在感は一段と増しています。2026年初めには、蘇州貝倫生物科技有限公司(Belenx Biotech)、東南大学器官芯片研究院、南京鼓楼病院などの共同研究チームが、臓器チップとAIを融合させた世界初となる個別化mRNA腫瘍ワクチンの臨床研究を開始しました。
蘇州貝倫生物科技有限公司の張育堅(Zhang Yujian)CEOは次のように説明しています。「私たちは非小細胞肺がん患者の病理検体からオルガノイドチップを構築し、実験で得られたデータをAIモデルに入力して腫瘍特異的な抗原を特定し、治療用薬物分子を設計しました。さらに、設計した薬物分子を臓器チップ上でテストし、得られた実験データを再びAIモデルにフィードバックして薬物活性の確認とモデルの反復改善(イテレーション)を行っています。個別化mRNA腫瘍ワクチンは従来の創薬と異なり、生体内の免疫複合体が個々人で異なるため、患者ごとに必要な薬物分子の構造も異なります。AIの価値は、個々の状態に合わせて分子を設計し、体内動態をシミュレーションして抗腫瘍効果を判断できる点にあり、臓器チップはモデルやアルゴリズムに高品質で制御された個別化データを提供する役割を担っています」
また、北京大学薬学院の艾暁妮(Ai Xiaoni)教授らの研究チームも、AIとオルガノイドチップを活用して薬効スクリーニング、標的探索、メカニズム解明、毒性評価、抗がん剤感受性試験の効率化を進めています。艾教授は、「従来の臨床的な薬剤感受性検査は実験データのみに依存していましたが、AIモデルと臨床の薬剤感受性実験データを組み合わせることで、検査精度のさらなる向上を図っています」と述べています。
データの標準化と規模拡大が実用化への課題
創薬における「AI×臓器チップ」の活用において、データはAIを駆動させる燃料であり、AIはその解析装置となります。艾教授は、オルガノイドや臓器チップの技術自体は成熟しつつあるものの、最大の課題は高品質なデータの不足であり、今後は標準化されたプロセスの確立と、高品質かつ大規模なデータ生成が求められていると指摘します。
この点については顧教授も同様の見解を示しており、「現在、心臓、肝臓、腸、皮膚、血管、腫瘍などの臓器チップモデルが存在していますが、各モデル間で統一された技術標準が存在せず、生成されるデータにもばらつきがあるのが現状です」と課題を挙げました。
データの規模と品質を向上させる方策として、艾教授は装置の自動化レベルを高めることや、生物学、工学、材料科学の知見を組み合わせてモデルの生体模倣性を高め、異なる臓器チップ間の技術標準を整備する必要性を挙げています。加えて、臓器チップから得られる高品質なデータを用いてAIモデルを継続的に最適化(ファインチューニング)していくことが不可欠であると強調しています。
出典: 元記事を読む
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