
── 死の谷を埋める3DHI、そして「つなぐ」日本の勝ち筋
imecで約10年を過ごした井上史大は、35歳で日本に戻った。描くのは、企業も大学もフラットに集い、研究と量産のあいだの「死の谷」を埋める場――日本版imecである。その第一歩として井上らが立ち上げた3DHI(3Dヘテロ集積アライアンス)には、いまや100社を超える企業が参加する。後編では、帰国の決断から、構想に込めた時間軸、日本ならではの「つなぐ」モデル、そして3D積層という研究の最前線までを聞く。
35歳、コロナ禍で決めた帰国
帰国のきっかけは、コロナ禍だった。ちょうど35歳を迎えたころのことだ。いつかは日本のアカデミアに戻りたい――その思いは以前からあった。40歳を過ぎれば選択肢は狭まる。戻るなら、30代後半のいまがちょうどいい。コロナ禍で生まれた時間も、帰国を考える後押しになった。
井上は、海外で活躍する研究者を日本に呼び戻す国の制度に応募し、採択される。受け入れ先としてマッチしたのが横浜国立大学だった。それまで横浜との縁はまったくない。関西で27年、ベルギーで10年。そこから「スポンと」横浜へ。2021年、井上は横浜国立大学に着任し、研究室をゼロから立ち上げた。
「関西にいたころは関西弁がすごかったはずなんですけど、ベルギーを経て、気づいたら消えていましたね」と井上は笑う。
日本版imec ── 30年がかりの構想
帰国の時期を早めた理由は、もう一つあった。日本版imecという構想だ。
imecの仕組みに、井上は強く惹かれていた。研究者が組織やレイヤーを超えてつながり、そこから生まれた技術がやがて半導体のロードマップを左右するまでになる。一方で、日本にはそうした場が少ない。日本企業は海外の研究機関に多額の研究投資を行っているが、日本の装置・材料産業の強さを考えれば、国内に同じような拠点があれば十分に戦える。むしろ海外から企業を呼び込むこともできるはずだ――。
ただ、imecも一朝一夕に大きくなったわけではない。苦しい時期を経て、いまの姿がある。オープンイノベーションが実を結ぶには、時間がかかるのだ。
「30代、40代で構想を立ち上げれば、60歳ぐらいのときに大きくなっている。50代、60代から言い出しても、最後まで面倒を見きれないんです」。
35歳から40歳で始めれば、30年は責任を持って育てられる。だからこそ、早く日本に戻る必要があった。
公的支援と企業との対話が、研究を支える
井上が注目するimecの特徴の一つは、公的資金に加えて、企業からの研究投資が大きな割合を占めていることだ。企業との継続的な対話が、研究ロードマップに反映される仕組みになっている。
公的資金は、長期的な基礎研究や研究基盤を支えるうえで重要な役割を担う。そのうえで、研究成果を実用化につなげるには、量産の最前線に立つパートナー企業の声も欠かせない。彼らは最先端を作り、量産の中で「やりきれない課題」を持ち込んでくる。その声を聞きながらロードマップを描くことが、研究成果を産業の課題解決につなげる。前編で語った、職員時代の苦労の意味は、まさにここにあった。
「死の谷」を埋める場として
日本の半導体には、もう一つ大きな課題がある。いわゆる「死の谷」だ。
大学が小さなサンプルで技術を実証する。企業が量産する。そのあいだを継続的につなぐ仕組みには、なお課題がある。日本には強い産業があり、大学にも優れた要素技術がある。しかし、両者を量産レベルまで継続的につなぐ場は、まだ十分とは言えない。量産は企業が担い、研究は大学が担うという役割分担のもと、そのあいだの橋渡しをさらに強める必要がある。imecはまさに、この谷をうまく埋めてきた組織だった。
その最初の一歩として井上らが立ち上げたのが、3DHIである。前身となる2つの研究会――横浜国立大学を中心とする研究会と、大阪公立大学の研究者らが中心となっていた研究会――を統合し、2023年4月に発足した。目的は、企業の課題を知り、企業同士も語り合いながら、課題を解決していく場をつくることだ。参加企業は100社を超える。
「我々と連携してほしいわけじゃないんです。3DHIで知り合った企業同士が、新しいことを始めてくれれば、それでいい」
連携は必須だが、一企業が主導すれば「その企業の利益のためではないか」という疑念がつきまとう。だからこそ、中立な大学が旗を振る意味がある。
フラットであること、知財を守ること
100社を超える企業が集う場を運営するうえで、井上が最も大切にしているのは「フラットであること」だ。
スタートアップだから、事業規模が違うから、と線を引いてしまえば、本当のエコシステムもイノベーションも生まれない。上流のデバイスメーカーだけが力を持てば、トップダウンでその範囲の知識しか出てこない。「私が全部リードします、とやってしまうと、私のポテンシャルを超えないじゃないですか」。
その考え方は、知財の扱いにも通じる。生まれた成果をすべて主催側や大手が持っていく仕組みでは、参加企業は成長できない。
成果を生み出した企業や研究者が、あらかじめ定めたルールのもとで適切に知財を確保できること。
売上規模の異なる企業同士でも、一つのアイデアを同じ一つのアイデアとして扱う。知財の帰属や利用条件について関係者が合意できるよう、大学が対話やルールづくりを支える意義は大きい。
ベルギーとは違う、日本らしいimecのかたち
では、日本版imecは、ベルギーのimecをそのまま持ってくればいいのか。井上の答えは「ノー」だ。
「ベルギーと聞いて、半導体を思い浮かべる人はまずいないと思うんです。たいていはチョコレートかビールですよね」。ベルギーは、日本のように大手デバイス・装置・材料メーカーが幅広く集積している国ではない。そのなかでimecは、世界中の企業が集まる開かれた研究拠点として発展してきた。一方、日本では、北海道にも九州にも東北にも、各地にすでに半導体の大手が根を張り、それぞれの仕組みができあがっている。
だとすれば、一極集中は答えにならない。横浜にすべてを集めれば、地方同士の競い合いに関東が加わるだけだ。井上が描くのは、各地ですでに成功している取り組みを「つなぐ」モデルである。
日本には、これまでの半導体研究開発の蓄積として、研究開発用のクリーンルームが各地に整備されている。一拠点で巨大な施設を持とうとすれば大変だが、各地の拠点がそれぞれ特色ある装置を持ち、行き来しながら一緒に運営すれば、総体としてimecにも負けない研究開発基盤になり得る。国内で地域同士が競い合うのではなく、つながって世界と戦う。その仕組みをどうつくり、どう全国に共有していくか。いままさに、井上が挑んでいるテーマだ。
研究の最前線 ── 高性能半導体を中心に進む「3D」化
井上自身の研究テーマは、半導体の後工程、なかでも3D積層である。
半導体は長らく微細化によって性能を高めてきた。しかしAIの時代を迎え、一つのチップですべてをこなすことには限界が見えてきた。GPUと高帯域メモリー(HBM)を並べ、できるだけ高速につなぐ。その「つなぎ方」――通信速度や配線の数――がAIの性能を左右するようになり、組み立てを担う後工程が一気に注目を集めている。
性能をさらに高めるための一つの方向性が、チップを3次元的に積み重ねることだ。チップ間の配線距離を短くできるため、通信の高速化やデータ転送に伴う消費電力の低減につながる。井上の強みは、別々に作ったウエハーやチップを貼り合わせる技術にある。高性能なメモリーやロジックを中心に、今後ますます多くの半導体で3D化が進んでいく。幅広いデバイスへの応用が期待される基礎技術として、その研究の射程は広い。
もちろん課題もある。積み重ねて近づけるほど熱源も近くなり、熱が逃げにくくなる。その熱をどう解決するかが、次の研究テーマだ。研究にあたっては、量産で使われる300mmウエハーを用いるなど、企業がそのまま受け取りやすい形を意識している。研究開発から量産までのスピードを上げるためだ。共同研究は国内外の十数社と同時に進んでおり、1社ずつではなく、複数社が扇形やスター型につながる形を目指している。
学生のロールモデルとして
imecで日本と世界を俯瞰して見られたことが、いまの視野につながっている――井上はそう振り返る。だからこそ研究室では、自らがロールモデルになることを意識している。自身の経験を学生に語ると、研究室の中だけ、大学の中だけ、日本の中だけではだめだと感じ取ってくれる。研究室からは毎年のように、海外へ挑戦する学生が出ているという。
半導体業界をめざす人へ ── 外に出て、つながれ
最後に、異業種から半導体業界に関心を持つ人や、業界で働く人へのメッセージを求めると、井上はこう語った。「半導体はいま、つながっていかなければならない産業です。外とつながってエコシステムをつくり、自社の製品をサプライチェーンに入れていくことが非常に重要です。だからこそ、外に出る機会があれば積極的に出ていってほしい。新しい発見や新しいつながりが必ずあります。ただし、自分の技術はしっかり守りながら」。そのきっかけとして、3DHIのようなオープンイノベーションやコンソーシアムの場を活用してほしい、とも。ウェブの応募ボタン一つで世界へ飛び出した研究者の言葉には、確かな実感がこもっていた。
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