後編【和田木哲哉(SBI証券)】「限界アナリスト」から「トップアナリスト」へ

和田木哲哉

和田木哲哉

SBI証券 経済企業調査部 企業調査課 シニアアナリスト

· 22026.10.07
この記事を読むのにかかる時間: 5 分

── 10位止まりと言われた男の逆襲、そしてスーパーサイクルを当てた日

英語もできないまま、和田木哲哉は野村證券のアナリストの世界へ飛び込んだ。
周囲は京大・一橋・MBA・英語ペラペラのエリートばかり。
「うまくいっても10位止まり」と面と向かって言われた男は、しかし2年でランキング3位に駆け上がり、2016年には半導体の「スーパーサイクル」をいち早く言い当てる。
後編では、アナリストとしての飛躍と、外した時の教訓、そしてAI時代に人間が磨くべきものを聞く。

「限界的アナリスト」からの逆襲

2000年、和田木は野村證券に移り、精密機械・半導体製造装置セクターのアナリストとなる。
だが、周囲を見渡せば錚々たる経歴の持ち主ばかり。
京大、一橋、MBA、業界経験も英語力も桁違い。
英語が全くダメだった和田木は、露骨にこう言われたという。

「こいつ、うまくいっても10位止まりだから――。
『限界的なアナリストとしてなんとか生き残れれば関の山』と、平気で言われていました」

入ったばかりで右も左も分からない。
和田木自身、「そんなものか」と素直に受け止めていたほどだった。
そこで決めたのが、転職者としての鉄則だ。
一年目は絶対に喧嘩をしない。
周りの人間関係を見極める。
そして、「この人と仕事して良かった」と思える相手を、一人でも二人でも作っていく。
どうせ大したスキルはないのだから、いつ、クビになるか分からないのだから、人間関係を大事にして、ひたすら一生懸命やるしかない――。

和田木の武器は、圧倒的な仕事量だった。
決算が来れば、翌日には10ページのレポートを書き上げる。
徹夜でも必ず仕上げる。
高い目標を自ら設定し、緊張感を切らさずに走り続けた。
すると、成果はあっという間に表れる。
ランキングはたちまち3位まで急上昇。
そして周囲は、見事なまでに手のひらを返した。
「僕は最初から、君はトップを狙える器だと思っていたんだ」と。
数字がものを言い、結果が全て。
それが証券業界だった。

頑張れば、報われる ── 緊張感を持続させる勝負

なぜ、そこまで走り続けられたのか。和田木の答えは明快だ。

「頑張れば報われるのが、はっきりしている世界だからです」。
メーカーのスタッフ部門では、努力と評価の関係が見えにくかった。
だが証券業界は、努力が数字にまっすぐ跳ね返る。
だからこそ、毎日深夜まで働くのも全く苦にならなかった。

ここでも生きたのは、資格勉強で培った「緊張感を設計する」発想だった。
人間の緊張感は必ず下がっていく。
それを前提に、2〜3年という長い射程で高い目標を立て、日々更新できる仕掛けを作る。
「決めたことは、深く考えずにやり抜く」2年続ければ、成果は花開く。
そしてそれは、もはや意志ではなく習慣になる。
「2年やり続けると体に染みついて、逆にやらない方が気持ち悪くなるんです」

モデルを、疑え ── 外した時に学んだこと

順風満帆に見えるキャリアにも、手痛い失敗はあった。
和田木がとりわけ苦い教訓として語るのが、精緻な予測モデルが「ワークしなくなった」経験だ。

2007年ごろ、和田木は緻密なモデルを武器に市場を予想していた。
設備投資はそろそろブレーキがかかるはず――理論に基づく読みだった。
ところが、当たらない。
当時、サムスンとハイニックスが台湾メーカーを潰すべく、本来なら生産調整すべき局面でひたすらDRAMを作り続け、市場が壊れたのだ。
それまでのモデルが想定していない時代の到来だった。

「モデルはモデルできちんと作る。だが、今までワークしてきたからと、そこに安住してはいけない。
時代に合わせて、頭を切り替えていかなければならない」

同じ轍は、その後も形を変えて現れた。
2018年のフラッシュメモリーのブームとその急速な調整。
メモリーメーカーの多層化(積層)技術が進み、1ビットが何ビット分もの役割を果たすようになって、和田木の理論値を大きく下回った。
コロナ後の相場でも、過去のバリュエーションや株価水準にとらわれて「そろそろ製造装置は終わり」と読み、理論的な天井を突き破る上昇に大きく外した。
過去にとらわれてはいけない――失敗のたびに、その教訓は深く刻まれた。

点と点を、線に ── スーパーサイクルを当てた瞬間

外した経験の一方で、和田木には「ピシャリと当てた」記憶も鮮烈に残る。
中でも語り草なのが、2016年のスーパーサイクルだ。

年初、業界のムードは総じて暗かった。
アップルはその年の減産を口にし、サムスンのギャラクシーも振るわず、メモリー投資を半減するという観測まで流れていた。
誰もが弱気を並べる中、和田木のアンテナは別の兆候を捉えていた。
フラッシュメモリーを使ったサーバーの台頭である。
IDCのセミナーで出会ったこの技術を調べ込むほどに、市場が一気に置き換わる気配を感じ取った。
自分なりにインパクトを計算し、「すごいことになる」と確信する。

そして2016年2月、和田木は動く。
「業界のセンチメントは、この後180度変わる。とにかく早くメモリー関連の株を買ってくれ」
――いわゆる『スーパーサイクル論』を、いち早く提唱したのだ。
読みは的中し、5年ぶりにセクターのトップへ。
全セクターを合わせたアナリストランキングでも、初めてベスト5に入った。
「あれを当てた時は、本当に気持ちよかったですね」

この「点と点が線になる」感覚こそ、和田木がアナリストの醍醐味と呼ぶものだ。
一つの会社の中にいると、自分の世界しか見えない。
だが、いろいろな人の話を聞き、アンテナを張り巡らせていると、ある状況と、ある人のあの話が、すべてつながって一つの絵になる瞬間が訪れる。
その土台にあるのは、地道なネットワークづくりだ。
40〜50ページに及ぶ骨太の業界技術レポートを年に2本、10年書き続ければ、業界要人との関係が積み上がっていく。
学会やセミナーで自ら手を挙げて発表する。
「一発で業界トップに食い込むのは無理。徐々に徐々に増やしていくんです」。

AIの時代に、人間が磨くべきもの

生成AIが台頭し、若手の働き方が大きく変わろうとしている。
アナリストという仕事は、この波にどう向き合うのか。
和田木は、AIの有用性を認めつつ、その限界を冷静に見極めている。

過去の整理や情報ソースの集約は、AIが実にうまくやってくれる。
日々の情報収集をAIエージェントに任せ、毎朝まとめて送ってもらう――そうした使い方は大いに有効だ。
だが、と和田木は続ける。
「AIじゃ、株式市場では勝てない」AIの答えは、9割方の精度で「正解に近い抽象論」に収束する。
皆が同じことを聞けば、皆が同じレポートを書く。それでは差がつかない。

「正しい知識よりも、深い知識。最後に『自分はこっちだ』と決めるのは、人間なんです」

だからこそ和田木は、若手に二つを説く。
一つは、人間関係のネットワーク。
もう一つは、業界の第一線に身を置いて、有識者との意見交換を通じて「深い知識」を磨くこと。
半導体業界は2〜3か月で景色がガラリと変わる。
日々のアップデートを積み重ね、業界の肌感覚を掴み続ける者だけが、変化をいち早く捉えられる。
AIに整理させた情報の上で、最後に旗を立てるのは人間だ――それが和田木の見立てである。

使命は、日本半導体の再生

これからの人生で成し遂げたいことを問うと、和田木の答えに迷いはなかった。
「私の最大のミッションは、半導体業界の再生です」。

いま和田木が心を寄せるのが、ラピダスをはじめとする日本半導体復権の動きだ。
ライバルはインテル、サムスン。相手は桁違いの人員を抱える巨人たちである。
アナリストという外部の立場から、ラピダスがなぜ重要なのか、なぜ国費を投じてでも頑張らなければならないのかを、きちんと世に啓蒙していく。
有益な発信や提言を通じて、日本の半導体復権に才能を持ち寄る一人でありたい――。
それは、かつて自分を導いてくれたTELの経営陣に報いることでもある、と和田木は言う。
「ラピダスが立ち上がるであろう、あと7〜8年は、こういうスタイルで仕事を続けるのだと思います」。

若い世代へ ── 勲章の重さは、流した汗の分だけ

半導体業界に入ってくる若者へ、和田木は力を込めて勧める。
「まだ元気のある、伸び盛りの業界です。実力主義で、フットワーク軽く一生懸命働いていれば、学歴も学閥も関係ない」。
かつては親世代のイメージが悪かった時代もあったが、いまや報酬水準も高く、日本の明るい未来に直結する。
文系出身で「技術を噛み砕いて伝える」ことを強みにしてきた和田木は、その言葉に説得力を持たせる。
最後に、若い世代へのメッセージを託してくれた。
「勲章の重さは、流した汗の重さの分しかない。だから、誰よりも努力して、努力した自分に誇りを持って、人生の王道を胸を張って歩めるようにしなさい」

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