ここ1年の自動車産業を俯瞰すると、車載半導体市場は一枚岩ではなかった。パワー半導体(SiC/Si/IGBT)と、SDV(ソフトウェア定義車両)を支える高性能SoCの間で“温度差”が明確になっている。前者はEV販売の減速と価格競争の激化、さらにはHEV/PHEV回帰の影響で在庫調整や投資慎重化の空気が濃い。一方後者は、E/Eアーキテクチャの集中化(ドメイン→ゾナル→中央コンピュート)やAI搭載のADAS/自動運転機能の伸長に牽引され、プラットフォーム獲得競争が激化している。
本稿では直近1年の一次情報と公的な報道をもとに、「二極化」がなぜ起き、どこまで続くのかを需給・アーキテクチャ・政策・財務の4つの視点から読み解く。
需給:EV減速×HEV回帰の反動がパワー半導体へ直撃

2025年に入っても、欧米市場を中心にBEV(バッテリー式電気自動車)の伸び鈍化と価格下落が続き、OEMは在庫圧縮・投入時期の見直しを繰り返している。欧州ではCO₂規制強化前の“前倒し需要”で月次の跳ねも観測される一方、通年の見通しにはなお不確実性が残る状況だ。日本勢ではホンダがEV投資を縮小し、2030年のEV販売比率30%目標を撤回、当面はHEV強化へと舵を切った。ドイツではフォード・ケルン工場がEV低調を受けた人員対策(自主退職含む)に踏み切っている。
以上のような状況を背景に、BEV比率の想定下振れは、車載パワーの中でも“高単価SiC寄りのミックス”に強い逆風をもたらしている。対してHEV/PHEVは400V級中心で、従来世代のIGBT/FRD需要が相対的に底堅くなっている。
デバイス別の明暗:SiCは踊り場状態、IGBTは底堅い
SiCは長期的には拡大が続く展望だが、短期的には量産BEVの減速×コスト感応度の上昇で“踊り場”となる。200mmウエハ移行や歩留まり改善、パッケージの熱設計高度化といったコスト/KPI再設計が当面の焦点。これに対し、IGBT/FRDはHEV/PHEVの復権に支えられ、当座の稼働を確保しやすい。ドイツの大手ではインフィニオンが2025会計Q3の利益率見通しを引き上げる一方、米アナログ大手テキサス・インスツルメンツ(TI)は、関税・需要不透明感を理由に慎重な姿勢を示すなど、パワー供給側の“気温”も企業ごとに差が出ている。
SDVの現実化──“集中×ゾナル”がSoC/ソフトのBOMを押し上げる

ソフト更新で機能進化させる車の設計思想であるSDVによって、車両のE/Eはドメイン集中→ゾナル化→中央コンピュートへと段階的に移行し、ECU統合・ソフトの再利用・OTA前提の車載OS/ミドルウェアが“量産の現実解”になりつつある。象徴的なのがNXPによるTTTech Auto買収。安全ミドルウェアとSoCの垂直統合は、ASIL対応のソフト資産を伴う“プラットフォーム商談”を一段と加速させる。
一方、NVIDIAとゼネラル・モーターズ社(GM)の連携拡張は、自動車向けAI SoC+ツール群を車内(ADAS/自動運転)と工場(デジタルツイン/自動化)の両面で活用する動きを明確化。オートモーティブ収益の目標感が示されるなど、“AI×車載SoC”の資金吸引力は強い状態を維持している。
このように、SoC案件はモデルライフをまたぐ長期投資であり、販売台数の短期変動に耐性がある。これは在庫循環の影響を受けやすいパワーとの体感差につながっている。
日本勢の動向──信頼性と効率の両立が進む

ルネサスエレクトロニクスは、3nm世代のマルチドメイン車載SoC(R-Car Gen5)を発表し、SoC/MCU間でソフト資産を継承できる“統一アーキテクチャ”を提示した。中央~ゾナル~末端まで縦貫する製品群は、量産の現実解としてTier1/OEMに訴求力がある。
パワー半導体では東芝が、低損失SiCトレンチMOSFET+UIS耐量強化技術を発表。高温域での特性劣化を抑えるSJ-SBDの取り組みも示され、信頼性と効率の両立が進む。さらにローム×マツダはGaNの共同開発で、小型・高周波・高効率という“HEV含む中電圧アプリの最適解”に踏み込んだ。
政策と財務のリアル──用途×地域×顧客ミックス次第で業績温度は大きく振れる

欧州ではCO₂規制強化に伴い、月次でBEV販売が急伸する局面も確認されるが、運用の柔軟化論も浮上している。米国は関税・税制の不確実性が続き、OEMの投入タイミングと価格戦略に影響。短期の販売/投資は政策リンクが強いため、サプライヤ側は地域×パワートレイン別(BEV/HEV/PHEV)×電圧(400V/800V)×材料(Si/SiC/GaN)での分散設計と在庫マネジメントが必須。
財務面でも“気温差”は明白だ。インフィニオンは自動車/電源の底堅さを背景に利益率見通しを引き上げた一方で、テキサス・インスツルメンツは関税・需要不透明感を理由に見通しを弱含みへ。同じ車載向けでも、(用途×地域×顧客ミックス)次第で業績温度は大きく振れる現実が、今期のシグナルと言える。
パワー半導体とSoCの景気感のズレの終息のために

パワー半導体とSoCの景気感のズレは、アーキテクチャ転換の位相差に起因している。では、このズレはどこで終息するのか。この問題解決には、以下のような様々な問いを解かなければならない。
- BEV×800Vシフトの再加速は、どの価格帯・どの地域から戻るのか。政策の微調整とコスト/KPI(km/kWh、充電時間、航続)の再定義がカギではないか。
- HEV/PHEVの厚みが続く間、IGBT/Si+GaNはどこまでシステム効率で戦えるか。モジュール化(IPM)や冷却・封止材の革新は“成熟デバイス”に新たな余地を開くのか。
- SDVの量産現実解は、安全ミドルウェア×SoC×ツールチェーンの“同梱力”で勝敗が先に決まるのか。それともサプライチェーンの地政学リスクが再び主役になるのか。
- 日本勢の強みである基盤技術(パワー)×設計資産(MCU/ソフト)は、どのKPIで評価され、どの取引要件(Scope3/サイバー/機能安全)が決定打になるのか。
このためには、地域ミックス×パワトレイン構成×電圧×材料のポートフォリオを四半期ごとにチューニングしながら、設計獲得の質(ASILレベル・再利用性・検証資産)とシステム指標(効率・熱・信頼性)を問い直すことが、必要と思われる。
参考リンク
企業プレスリリース
- Summary of 2025 Honda Business Briefing|Honda Global
- NXP Completes Acquisition of TTTech Auto to Accelerate the Transformation to Software-Defined Vehicles
- NXP Accelerates the Transformation to Software-Defined Vehicles(買収合意発表)
- General Motors and NVIDIA Collaborate on AI for Next-Generation Vehicle Experience and Manufacturing
- Mazda and ROHM Begin Joint Development of Automotive Components Using GaN Power Semiconductors
- Toshiba Develops Technology to Reduce Losses in SiC Trench MOSFETs and Enhances UIS Robustness
メディア関係
- Japan’s Honda to scale back on electric vehicles, focus on hybrids(Reuters)
- Ford agrees voluntary redundancies for troubled e-car site in Cologne(Reuters)
- Infineon slightly raises outlook for profitability after strong Q3(Reuters)
- Texas Instruments slumps as tariff uncertainty weighs on demand(Reuters)
- 欧州のEV販売、1月は37%急増-メーカーが排ガス規定強化に対応(Bloomberg)