2025年11月、日産自動車は国内2工場での減産に踏み切った。対象となったのは、福岡県の「日産自動車九州」と神奈川県の「追浜工場」で、いずれも主力車種を担う国内の重要拠点である。減産理由は、オランダの半導体メーカー、Nexperia(ネクスペリア)由来のチップ供給停止だ。
この出来事は、自動車産業にしばしば見られる一時的な部品不足とは性質が異なる。背後には、ネクスペリアを巡るオランダ政府と中国側の対立があり、自動車用半導体に限らず、「日本の半導体サプライチェーン全体」が政治・安全保障リスクと直結している構造が浮き彫りとなった。
本稿では、
• 日産の減産とネクスペリア問題の事実関係
• 日本の自動車サプライチェーンが抱える構造リスク
• 「日本の半導体サプライチェーン」全体の脆弱性
• 自動車以外の主要分野にとっての教訓
これらを整理し、日本企業が向き合うべきポイントを明確にする。
日産の国内減産とネクスペリア問題

2025年11月上旬、日産は国内で販売主力となるSUV「エクストレイル(海外名Rogue)」などの生産を、九州工場で約900台分削減する方針を固めた。減産は11月10日の週から始まり、同時期に追浜工場でも小型車「ノート」の生産調整が実施された。いずれもネクスペリア製の自動車向けチップ不足が直接要因とされる。
その後、11月下旬には九州工場で追加の減産が決定し、24日の週に約1,400台分の生産を落とす続報が出た。対象は「セレナ」「エクストレイル」などの主力車種で、直前週の900台と合わせると、短期間で合計2,300台規模の調整となった。追浜工場ではノートの減産が2週連続で続き、12月生産計画にも影響が及んでいる。
同じ問題は北米でも顕在化し、ホンダは北米工場の一部で生産停止と減産を余儀なくされた。ホンダは代替部品の確保により11月下旬以降には通常稼働へ復帰する見込みを示したが、ネクスペリアの供給状況は依然として不透明なままだ。
この供給混乱の背景には、ネクスペリアを巡るオランダと中国の対立がある。2025年9月、オランダ政府は国家安全保障上の理由から同社の経営権を管理下に置いた。一方、中国側はネクスペリアの中国工場からの輸出を制限し、欧州と中国の間でウエハ供給や製品出荷が滞る構図が発生した。
ネクスペリアが供給するのは、電源制御・センサー駆動・車載ユニットの補助回路などに使われる“低機能だが不可欠”なチップ群だ。これらは車両の随所に組み込まれており、1つでも欠けると完成車は組み立てられない。日産やホンダなどの減産は、このような構造的依存の結果として表面化したものである。
自動車サプライチェーンに露呈した「成熟プロセス依存」という構造リスク

今回の事例が示した最大のポイントは、「最先端ではない成熟プロセスのチップ」が自動車生産を止めるという現実だ。
AIサーバ向けGPUやHBMなど、先端プロセス製品に注目が集まりがちだが、自動車で使われる半導体の多くは40nm~90nmなどの成熟プロセス(マチュアノード)で製造される。ネクスペリアは、こうした成熟プロセスのロジックやディスクリートを供給する代表的メーカーだ。
米国の戦略コンサルティングファーム McKinsey & Company(マッキンゼー)は、2025年の報告書で半導体サプライチェーンは高度な専門分業で成り立っているため、特定工程や企業の混乱が全体に波及しやすいと指摘している。成熟プロセス領域でも同様で、各社が「長期供給・高信頼性」を求めて一度認定した部品を使い続ける傾向が強く、サプライヤ変更の難易度が高い。
実際、ホンダは代替調達に動き北米工場の稼働回復にこぎつけたが、日産は国内で調整を継続した。この違いには、サプライヤ認定範囲の広さ、設計段階での冗長化、部品評価プロセスの柔軟性などが影響している。
成熟プロセス依存は、日本の自動車産業だけの特性ではない。産業機器・電源モジュール・民生機器など、日本の製造業全体が同様の構造を抱えている。
日本の半導体サプライチェーン全体の構造的脆さを示す

日本は先端ロジックの量産こそ台湾・韓国に後れを取っているものの、半導体装置・材料・センサ・パワー半導体などで世界的な強みを持つ。
代表例を挙げると、
• シリコンウエハ:信越化学工業、SUMCO
• フォトレジスト:東京応化工業、JSR
• 前工程装置:東京エレクトロン
• 検査装置:アドバンテスト、東京精密
• パワー半導体:ローム、三菱電機、富士電機
国内のエレクトロニクス産業はこれらを核としつつ、海外IDMや海外ファウンドリで製造される汎用チップを組み合わせて製品を構成している。
今回のネクスペリア問題の本質は、以下の構造が崩れたことにある。
• 欧州でウエハ製造
• 中国でのパッケージング
• 世界の自動車メーカーへ出荷
オランダの経営介入と中国の輸出規制によって、この国際分業のラインが断裂した。
日本の電子部品メーカーやECUメーカーも、この“海外前提”の構造に大きく依存している。国内の材料・装置が強くても、海外で製造される汎用チップが止まれば最終製品が完成しない。これは自動車に限らず、日本の半導体サプライチェーン全体の構造的脆さを示す象徴的事例である。
自動車以外の半導体需要分野にとっての「共通の教訓」

1.産業機器・FA(工場自動化)
日本はFA機器やロボットで世界的な競争力を持つ。しかしその内部では、電源管理や制御系に汎用ロジックやディスクリートが多数使われている。成熟プロセス依存が高いため、自動車と同じ構造リスクを抱える。
2.データセンター・通信インフラ
AI時代のデータセンターではGPUやHBMだけでなく、電源管理IC、信号処理、インタフェース制御などに成熟プロセス品が大量に使われる。
国内では広島のマイクロン工場新設に政府が最大5,000億円規模の支援を検討しているが、これは先端メモリの話であり、成熟プロセス領域の供給基盤はなお海外依存が強い。
3.民生機器・IoT機器
白物家電、各種IoT端末、日本企業が強い小型産業モジュールなども、ネクスペリアが得意とする汎用デバイスに支えられている。自動車ほど認証要件は厳しくないが、世界的に供給制約が生じた場合には代替先もすぐに逼迫する。
日本企業が取るべきサプライチェーン強靭化のポイント

1.マルチソーシングと設計段階での冗長化
自動車向け部品は認証要件の厳しさから“一者依存”が生まれやすい。日産とホンダの違いは、調達方針や部品評価プロセスの柔軟性に起因する。設計段階から複数サプライヤを想定する思想が不可欠だ。
2.国内・同盟圏での生産能力の位置づけ
日本政府は国内半導体生産に積極投資しているが、これは先端メモリ・先端プロセスが中心。成熟プロセスや車載向けなど“ボトルネックになりやすい領域”をどう同盟圏内に確保するかは、政策・企業双方の課題だ。
3.ファブレス・IDM・装置・材料の横断的な対話
半導体サプライチェーンは分業構造が複雑化しており、各プレイヤーが需給・在庫・リスクを共有する仕組みが不可欠だ。装置や材料で強い日本企業こそ、サプライチェーン全体の対話を主導する立場にある。
4.財務リスクとしてのサプライチェーン管理
日産は2026年3月期の営業損失見通しを2,750億円とし、関税や半導体不足の影響を警戒している。供給途絶は製造部門だけでなく、収益計画・投資判断にも直結する。日本の半導体企業や部品メーカーも、顧客側の財務リスクを含めた需給管理が求められる。
構造的課題を直視し、具体的な改革につなげるための重要なケーススタディ

今回の日産による減産は、ネクスペリアの供給停止という一見して単独の出来事から始まった。しかしその背後には、欧州と中国の対立、成熟プロセス依存、国際分業の複雑化といった構造要因がある。
日本は装置・材料・パワー半導体・メモリなど多くの分野で存在感を持つ一方、汎用チップの多くを海外に依存している。自動車のほか、産業機器・データセンター・民生機器など広範な分野が同様のリスクに直面する可能性がある。
重要なのは、「どの工場が止まったか」ではなく、「どの工程・プロセス・企業に依存しているか」を全体で可視化することだ。設計段階の冗長化、調達戦略の多様化、同盟圏での生産確保、プレイヤー間の横断的対話――これらを組み合わせたサプライチェーン強靭化の取り組みが求められる。
ネクスペリア問題は、日本の半導体サプライチェーンが抱える構造的課題を直視し、具体的な改革につなげるための重要なケーススタディと言える。
*この記事は以下のサイトを参考に執筆しました。
参考リンク
- Nissan to cut Rogue production in Japan over Nexperia fallout
- Nissan to cut more output at Kyushu plant
- Honda to resume regular output
- Nexperia urges Chinese units to restore supply chain
- Nissan expects annual operating loss
- Japan’s Sublime Semiconductor Supply Chain
- Semiconductors have a big opportunity
- Micron to invest in Japan