台湾のこの1年は、“激動”から始まった。地理的要因と自然災害が同時にサプライチェーンを揺さぶり、製造だけでなく、通信・物流・保険・金融決済まで“連鎖停止”の危機が目の前まで来た。半導体は工程の緻密さゆえ、わずかな摩擦が歩留まりや納期に拡大して響く。
今、半導体経営が問われているのは、台湾有事が起こる、起こらないかを見極めることではない。「いつラインが止まっても24時間で復旧できる設計」を、平時のルーティンとして持てているかどうかなのだ。
本稿では、有事の危機にさらされる台湾の半導体について、①地震、②通信インフラの脆弱性、③地域分散のメリットとリスクを軸に、“いま現場が採るべき方策”を考察する。
地震直後”と“現在”で変化したKPI

地震は“物理ショック”として最も直接的に工場を揺さぶる事象である。直後に必要となるのは、人命・設備の安全確認、装置点検、WIP(仕掛品)ロスの確定だ。微小な位置ズレや薬液・ガスのライン検査、レチクルの点検といった“見えにくい手戻り”が歩留まりを左右する。数週間から四半期の“現在”では、復旧TAT(Throughput確保までの時間)がガイダンスや納期再編成に反映され、SKUの優先順位が組み替わる。
2025年1月21日の南台湾M6.4地震では、TSMCが一時避難後に同日中に全拠点の稼働継続を発表している(構造安全を確認の上で順次再開)。この非常に素早い初動で、人的被害ゼロと設備・インフラの安全確認を優先しつつ、装置の段階復帰を図ったことが重要である。
その約1~3ヶ月(30~90日)後の、2025年2月10日にQ1売上がガイダンス下限寄りになる見通しと、保険後損失約1.61億ドル(主にWIPスクラップ)が示された。構造物被害はないが、仕掛品のロスが業績に波及した典型例である。
ここでのポイントは、KPIの通貨が「数量」から「時間」へ移った点だ。限定SKUを他地域で最低限維持するBuffer Fab(保険的キャパシティ)、設計図・レシピ・マスクの同期、人員の相互運用性といった“非装置の備え”が復帰時間の分母を縮める。地震は軍事・外交と別軸だが、“24時間停止”を現実の単位に変換するトリガーとして、経営と現場の意思決定を加速させた。
通信インフラのデータ量が少なくなると工場運用も厳しく

半導体の生産・出荷は、インターネット回線の上で進められている。装置の遠隔保守、MES(製造実行システム)やERPの同期、通関・与信照会、船積みのアロケーション——いずれも通信が前提だ。回線品質が一段劣るだけで、①装置障害の復旧遅延、②レシピ配布の停滞、③WIPロス増加、④信用照会・決済の遅延、といった“摩擦の堆積”が起きる。
台湾では2025年9月11日、海底ケーブルの“グレーゾーン”脅威に対して24時間の巡視強化が報じられた。外洋ケーブルの“土管”は国家の通信と産業運用の生命線であり、製造や通関・決済の遅延を通じて供給に直結する。
答えはシンプルだが、継続運用が難しい。多経路化(陸上回線の系統分離+衛星・マイクロ波のバックホール)、オフライン運用の作法(物理媒体の安全輸送と監査ログ)、介入可能な輸送監視(温度・衝撃・位置を見て途中で方針変更できる体制)を、平時から“当たり前の手順”として進めることだ。
さらに2025年6〜7月には、海上保険の戦争危険料率(War Risk Premium)が、ホルムズ海峡周辺で0.2–0.3%→0.5%へ上昇、紅海でも再燃局面で約0.7%(一部1%提示)へ跳ね上がった。保険・航路変更・寄港制限・待機が連動し、通信と海運という二つの“土管”の同時目詰まりが実務リスクとして顕在化した。
地域分散のメリットとリスク

地域分散のメリットは三つ。第一に、第一列島線の内外(日本・台湾・フィリピン・韓国など)に工程・在庫・検査拠点を分けることで、空域・海域の臨時閉塞や通信障害に対する回避ルートが増える。第二に、Geo-fencing生産(顧客・用途・地域を限定した信頼区画運用)を組み合わせると、輸出管理・制裁順守の監査容易性が上がり、Assured Supply(危機時の優先供給)を数量・時間・順位で運用しやすい。第三に、米欧日で進む製造誘致やレジリエンス投資の政策潮流を取り込み、需給逼迫時の優先割当を得やすくなる(主要コンサルの最新アウトルックもレジリエンス投資の優先度を強調)。
一方、リスクも明快だ。①重複投資と固定費の増大、②熟練人材の分散による立ち上げTATの長期化、③知財・レシピ移送に伴う管理コストと漏えいリスク。さらに、外交関係の変化に応じて不可抗力(演習・閉塞・通信遮断)や経済制裁条項の整合を拠点ごとに取り直し、海峡リスク・プレミアムや多レール決済(JPY/USD併記、複数ネットワーク)を契約条項に格納する運用負荷が生じる。
結局、地域分散は目的ではない。「止まった後の買い戻しコスト」(失注・違約・信用低下)と平時の保険コストを見比べる“費用対時間”の最適化である。需要が強い局面でも、保険的キャパと監査容易性を意図的に持つ企業は、危機時の優先供給と信用プレミアムを獲得しやすい。
“24時間停止”を限定損害にとどめる設計が大切

地震は「直後」の安全・WIPロスと「現在」のガイダンス修正を通じ、KPIの通貨を“時間”へ切り替えさせた。一方、通信インフラの脆弱性は、工場の復旧から通関・与信・決済まで、データの細りが企業活動を広範に鈍らせる現実を示した。外交環境の揺らぎが続くなか、地域分散は保険としての生産を実装する具体策であり、契約・保険・決済まで含む“動く規則”として平時運用することが大切である。
実務の優先順位は、①限定SKUのBuffer Fab、②多経路通信とオフライン運用、③時間税(迂回・検査・待機)の織り込み、④海峡リスク・プレミアムの条文化、⑤多レール決済と停止時KYCの代替ルートである。“24時間停止”を限定損害にとどめる設計こそ、次の需要での供給責任を果たし、数年先の信用を積み上げる最短経路なのだ。
*この記事は以下のサイトを参考に執筆しました。
参考リンク
- 2025 global semiconductor industry outlook(Deloitte Insights)
- TSMC says all its sites operating following Taiwan quake(Reuters, 2025/01/21)
- TSMC sees Q1 revenue near lower end of guidance on January earthquake impact(Reuters, 2025/02/10)
- Escalating Hormuz tensions drive up Middle East war risk insurance costs(Reuters, 2025/06/23)
- Red Sea insurance soars after deadly Houthi ship attacks(Reuters, 2025/07/10)
- Facing new China ‘grey-zone’ threat, Taiwan steps up sea cable patrols(Reuters, 2025/09/11)