メキシコにも押し寄せる半導体変革の波——米国・メキシコ・カナダ協定を起点に進む工程設計

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日本の裏側に位置するメキシコにも、半導体変革の波が押し寄せている。2025年1月13日、同国のクラウディア・シェインバウム政権は「Plan México(国家投資・産業戦略)」の骨子を示し、EV・衛星・ドローンと並ぶ重点分野として半導体を挙げた。続く2025年1月21日には、同戦略の実装としてニアショア(近接生産)投資を促す税制優遇を大統領令で公布。新規固定資産の加速償却(資産区分により35–91%)、および訓練・イノベーション費の25%追加控除を柱とし、立ち上げ初年度から資金負担を軽くする方針だ。

さらに2025年10月5日のクラウディア・シェインバウム大統領就任1年演説では、半導体やAIラボを含むテック産業プロジェクトの進捗提示を予告し、産業化ドライブの継続を示した。

本稿では、①Tax×Talent(税制×人材)で進む受け皿整備、②USMCA(米国・メキシコ・カナダ協定)の原産地・関税環境を踏まえた工程設計、③米国内前工程との分業、の3点から、メキシコ後工程ハブの“いま”を掘り下げる。

税制×人材で「受け皿」を作る

2025年1月21日公布の大統領令は、「Plan México」の核となる「投資の初期負担を軽くする」ことが目標だ。新規固定資産は35–91%の加速償却を適用でき、企業内訓練やイノベーション支出は25%の追加控除を得られる。資産要件・適用期間・継続使用期間が明示され、会計・税務見通しの透明性が高いことが企業側の使い勝手を押し上げる。

半導体の後工程設備(モールディング、ワイヤボンディング、最終検査、ハンドラ/ソータ等)は投資規模と消耗材負担が大きい。初年度に費用計上を前倒しできることは回収曲線の前倒しに直結し、量産立ち上げのキャッシュ繰りを安定化させる。加えて、デュアル型(企業×教育)人材育成を制度で後押しすることで、装置据付・PM(予防保全)・不良解析・SPC/FDC・EHSなど“ライン横断スキル”の現地内製を狙う——政権の“Tax×Talent”一体設計は、「用地・建屋」に終わらない受け皿を意図している。

2025年10月5日の就任1年演説での“テック進捗”提示予告は、政策の持続性を担保するシグナルだ。ATP用途の人材育成を税制とセットで前に進める意思が読み取れる。

動き出した量産への向けての流れ

さらに、制度だけでなく、実際の量産に向けての動きも出だしている。

• Texas Instruments(TI)は2025年4月3日付PCNで、TI Mexico(FMX)をHSOICの代替Assembly & Testサイトとして品質資格化。製品・工程差分の明細まで含む一次資料で、「メキシコで動く実ライン」を明確化した。

• Skyworksはメヒカリ(バハ・カリフォルニア州)でモジュールやRFチップの組立・最終検査を担う拠点運用を継続。メーカー公式のOperations情報として、組立・検査・仕上げ(テスト&フィニッシング)を位置付けている。

これらの動きは、「投資表明→設備→量産稼働」の流れが後工程で具体化していることを示している。装置・材料サプライヤにとっては、据付・保全・消耗材の域内商圏の拡大を意味し、現地でのサービス要員と部材在庫の最適配置が課題となる。

USMCAが設計の起点に

2025年は通商リスクの揺れが大きかった。米国側では関税率の引き上げ観測が繰り返されつつ、メキシコ向け関税据え置きの「90日延長」(2025年7月31日)が示された事例もある。こうした「揺れ」は、工程配分と原産地立証の巧拙が粗利に直結する現実を浮き彫りにした。

設計の起点は、米国、メキシコ、カナダの3カ国間が締結した新しい貿易協定である「USMCA(米国・メキシコ・カナダ協定)」の“原産地規則”と「最終的な実質的変更」の考え方である。

ダイ出し→封止→最終検査→出荷の各工程の連続性と最終加工地を、HS分類(見做し変更)と突き合わせる。加えて、BOM・生産記録・工程フロー・テストログをロジ/税務と共通フォーマットで維持すれば、通関の安定性×税コスト確実性を同時に高められる。

さらにUSMCA“6年目レビュー”に向けて、米通商代表部(USTR)は2025年9月17日にパブコメ開始を官報掲載。公聴会は同年11月中旬に設定され、2026年の見直しへ向けた原産地・累積・原材料定義の論点は今後も動く。企業側は、メキシコ/米国の工程入替え、バッファ在庫の置き場所、通関経路といった複数シナリオを、税務・ロジと一体で早回しすべき局面にある。

装置×品質×安全”を横断して安定稼働できる人材の確保が必要

メキシコ拠点化の最大の制約は人材だ。必要なのは、“装置×品質×安全”を横断して安定稼働を維持できる技能職である。たとえば装置据付・PM、歩留まり起因の不良解析、FDC/SPCの監視、EHS順守といった機能を、交替制で破綻なく進められる人材が必要だ。

2025年の税制優遇はデュアル育成に明確なインセンティブを与える。装置メーカーやOSATがカリキュラム設計から参画し、OJT+学校教育を結ぶ枠組みを作ることが、立ち上げTAT短縮と定着率改善への最短路だ。TIのPCNが示すような現地ラインの品質資格は、「育成が上手く進んでいる組織」の実証データにもなる。

日本発サプライヤの実務は明快で、据付〜量産遷移の“谷”を埋める保全契約/初回流動(NPI)支援を税制優遇と抱き合わせで提案する、複数年の人材スロット(派遣・現地採用)を確保する、トレーニング教材の多言語化・標準化を進める、の3点が効果的だ。

「米国内前工程」との役割分担——距離・通関・電力を起点に最適化

米国内で前工程(ウエハ製造)や一部先端パッケージが立ち上がるなか、メキシコはATPの面積(フロア)を引き受けることで、CAPEX(資本的支出)とOPEX(経常的な費用)の最適な統合値が計りやすくなる。そして、米国は高付加価値・機微技術の集中、メキシコはコスト効率と人材拡張、という二層分担となり、USMCA原産地設計とも上手く嚙み合うことになる。

設計の考え方はシンプルである。通関の平準化(工程証憑・HS分類・原産地計算の定型化)と電力の確保(受電容量と将来のPPA導入余地)まで含めて、“ラインが止まらない”導線を描く。輸送距離は短く、在庫の揺れ幅は小さくなる。政策面でもテック産業支援の継続シグナルが出続けるなか、制度×分業×運用の三位一体で、「USMCA後工程ハブ=メキシコ」の輪郭は一段と濃くなったのである。

USMCA時代の競争条件とは

2025年に入ってからの制度実装と一次証跡により、メキシコはUSMCA圏で後工程ハブの“実装段階”に入った。35–91%の加速償却と25%追加控除は立ち上げキャッシュを軽くし、デュアル育成は装置・保全・品質の横断スキルを現地内製する道を拓く。TIのメキシコA/T資格(2025年4月3日)やSkyworksのメヒカリ運用は、制度が稼働に結びつくことの実証だ。

一方で関税・USMCAレビューが示す通り、工程配分と原産地立証の巧拙さが利益を直撃する。このため、日本企業は、(1)メキシコATPを前提にした北米分業、(2)Tax×Talentの同時設計、(3)Trace(工程・原産地証憑)の標準化を2025–2026年の最優先課題に置くべきだ。「工程で勝ち、原産地で負けない」——USMCA時代の競争条件はここに尽きる。

*この記事は以下のサイトを参考に執筆しました。
参考リンク

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