どうなる米中分断後のEDA? SynopsysのAnsys買収が意味するもの

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半導体設計の根幹を支えるEDA(Electronic Design Automation)ツールは、AIチップや車載SoCなど高機能化が進む中で、その重要性が一段と高まっている。2024年に発表された大手EDA最大手の米Synopsysによる、マルチフィジックス解析で世界的な存在感を持つAnsysの買収は、設計ツール業界だけでなく、グローバルな産業構造にも影響を与える可能性がある。

そんな中、2025年5月に米商務省産業安全保障局(BIS)は、このSynopsysと同じくEDA大手の米Cadenceの両社に、中国向け製品に関する新たな輸出規制通告した。これにより、米中分断はますます深まると思われる。

本記事ではSynopsysのAnsys買収がもたらすEDA業界の産業インパクトと、米中分断が進む中で浮かび上がるEDA支配構造の変化を俯瞰し、さらには日本企業にとっての今後の戦略を提示する。

1. Ansys買収:EDAを超える統合プラットフォームの構築へ

2024年、米Synopsysは、Ansysを約350億ドルで買収する契約を締結した。買収は2025年前半の完了が見込まれている。この統合により、従来のデジタル設計プロセスに加え、材料・熱・流体・構造といった複合物理現象を一括して設計・検証できる「シリコンからシステムまで」の統合プラットフォームの構築が現実味を帯びてきた。

EDA単体では不可能だった実装段階での「現実とのズレ」を、より早い段階で検出・補正することで、信頼性・設計精度の向上だけでなく、開発期間の短縮にも寄与するのだ。特に自動車・航空・産業機器といった高度な物理条件を伴う領域での活用が進むと見られる。

2. 軍事用途やAI開発に関わる中国企業への供給を規制

この大型買収は、米国・欧州・英国・日本の競争当局による承認を得ており、順調に進んでいる。一方、中国では現在も審査中であり、買収完了は中国当局の承認に左右される状況となっている。

こうした中、米国政府は2025年にEDAの対中輸出を一部制限する措置を正式に導入。対象はSynopsys、Cadence、Siemens EDAの主要ツールで、軍事用途やAI開発に関わる中国企業への供給が規制される。

一方で、こうした措置は米国EDA企業にとっての中国ビジネスリスクを高めることにもなりうる。

3. 中国EDA市場の現状と自前化の限界

中国は「EDA自立化」を国家戦略として掲げており、近年、Empyrean、Primarius、Semitronixなど国産EDAベンダーへの資金支援を強化している。2024年時点での中国におけるEDA自給率は約10%とされ、今後さらに成長が期待されている。

ただし、世界市場におけるシェアでは依然として2%未満とされ、国際競争力の確立には時間を要する見通しだ。技術力、信頼性、サポート体制のいずれも、米国大手3社とは大きな差がある。これにより、中国市場では当面、米国製EDAツールへの依存が継続する一方で、規制のリスクにも常に晒されるという不安定な構造が続いている。

4. 大きく広がるEDAツールの活用範囲

SynopsysがAnsysを取り込むことで、EDAツールの活用範囲は大きく広がる。従来は別工程・別チームで行っていた物理シミュレーションを、EDAプラットフォーム上で統合的に管理・実行できるようになる。以下に具体的な統合メリットを記す。

● R&D効率の大幅向上
設計と物理検証の統合により、シミュレーション精度の向上と開発期間の短縮が実現。試作回数や設計変更のコスト削減に直結する。

● 単なるツールベンダーから設計パートナーへ転換
顧客企業に対して、「システム全体の性能最適化」を含めたトータル提案が可能となり、単なるツールベンダーから「設計パートナー」への転換が図れる。

● AIによる「設計×物理」最適化へ
Synopsysは既にAIを活用した自動設計機能を実装しており、Ansysの解析エンジンと連携させることで、AIによる「設計×物理」最適化の新たな次元に踏み出す。

日本企業の「機を見て敏なる」対応でビジネスチャンスへ

米国による技術覇権維持の強化と中国による自立化の加速。その狭間で、日本のEDAツール企業は今、複数のリスクとビジネスチャンスに直面していると言える。

まず、国内の設計現場では、Synopsys・Cadenceに依存する体制が変わらず続いている。Ansys買収によって統合製品が登場すれば、ますますその依存度は高まる可能性がある。

次に、マルチフィジックスとEDAの統合を日本企業自らが、推進する構想も今後は現実味を帯びてくるだろう。大学や研究機関との連携、オープンソースEDAの活用などの検討が求められる。

そして、米中の規制強化がいつ自社に波及するか分からない中、このような契約面・ライセンス面でのリスク把握と管理体制の見直しが急務になる。いずれにせよ、この状況をリスクから大きなビジネスチャンスへとするには、日本企業の「機を見て敏なる」対応が必要なのだ。

※本記事は以下を参考に執筆しています

出典一覧(参考リンク)

(参考:SynopsysとAnsysによる買収契約
(参考:SynopsysがAnsys買収を正式発表
(参考:EUによる条件付き承認
(参考:英国競争規制当局による承認
(参考:日本公正取引委員会のレビュー
(参考:米国によるEDA輸出制限の発表
(参考:中国EDA市場規模と自給率に関するデータ
(参考:中国EDAベンダーの世界シェア
(参考:SynopsysのAI設計支援動向

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