2025年10月7日から9日にかけて、米国アリゾナ州フェニックスで開催される「SEMICON West 2025」は、従来の展示会という枠を超え、米国半導体産業における地理的条件の変化を映し出す場となりそうだ。
近年、米国のCHIPS and Science Act(CHIPS法)と輸出規制の強化が重なり、米国企業は“現地化(onshoring)”と“規制対応”の両立を迫られている。
特に製造装置や部材のサプライヤ、ラボ認証、人材調達に関わる部門は、これまで以上に規制の変動に敏感にならざるを得ない状況になっている。さらに最近、米国商務省が中国向け輸出に関して「年次承認制度(site license)」の導入を検討していることが報じられた。これは、装置や部材の供給を1年単位で認可する仕組みであり、従来の包括的承認制度に比べ柔軟性が大きく損なわれる。この動きは、調達戦略や在庫計画を根底から見直す必要があることを意味する。
本記事では、「SEMICON West 2025」で注目されるであろう「CHIPS法下の現地化要件」「サプライヤ登録」「ラボ認証」「人材採用」「輸出規制の新制度」など、CHIPS法の実務面での影響を整理していく。
CHIPS法とは何か?

まずは、CHIPS法について解説する。CHIPS(Creating Helpful Incentives to Produce Semiconductors)法は、2022年に成立した法律で、米国内の半導体製造と研究開発を強化するために総額527億ドル規模の補助金や税制優遇を提供するというもの。
その中心にあるのが「ガードレール」と呼ばれる条項だ。この条項により、補助金を受け取った企業は、中国などにおける先端製造能力の拡張が禁止され、違反した場合は補助金の全額返還が求められる可能性がある。加えて、資金の使途や投資先について詳細な説明責任が課されることになる。
ガードレール条項は、単なる法的規制にとどまらず、企業の経営判断や投資計画に直接影響を与えることになる。具体的には、米国内での製造拠点の整備やサプライチェーンの再構築を前提にしなければ補助金の申請自体が難しくなる。また、中国など米国の「懸念国」での先端製造能力の拡張は禁止されているため、海外拠点を持つ企業は技術転移や設備更新をどこまで認めるかを慎重に見極めなければならない。さらに、補助金の不適切使用が判明すれば全額返還を求められる可能性もあるため、財務・法務・調達の各部門が連携して、遵守計画を詳細に策定する必要がある。
サプライヤ登録・サプライ計画の構築:調達の多重化と法規制遵守を同時に満たす設計

CHIPS法の補助金を受けるためには、米国内での調達網を明示し、信頼できるサプライヤ登録を済ませることが前提となる。とりわけ輸出管理規則(EAR)の対象となる装置や部材を扱う場合、米国政府に登録されたサプライヤからの調達が望ましいとされている。
サプライヤ登録においては、米国内で信頼性のある調達先を確保することが最優先課題となる。海外の一次サプライヤに依存している場合、米国市場での二次調達ルートを整備しなければ、申請や契約上のリスクが高まることになる。また、EAR規制に基づき、特定の装置や部材が輸出管理番号(ECCN)の対象となる場合は、その性能やノード要件を正確に把握し、米当局に説明可能な技術資料を整えることが欠かせない。結果として、供給計画は調達の多重化と法規制遵守を同時に満たす設計が求められることになる。
ラボ認証と品質管理:研究開発のスピードアップと、情報管理の徹底の二重体制の構築
CHIPS法関連の研究資金を受ける研究所やラボでは、セキュリティ認証や品質管理が重要視される。米国標準技術研究所(NIST)が発行した「CHIPS Technology Protection Handbook」では、外国人研究者のアクセス制御や共同研究の審査体制、知的財産保護の仕組みが義務化されている。
ラボ認証を受けるには、研究成果や知的財産の保護体制を明確に整備し、外部監査に耐えられる仕組みを構築する必要がある。外国人研究者や技術者を受け入れる場合には、アクセス管理や渡航管理を含むセキュリティ手順を制度化しなければならない。加えて、共同研究を実施する際には、外部機関との契約や成果物の取り扱いを事前に審査・承認する体制が必須だ。つまり、研究開発のスピードを維持しつつ、情報管理を徹底する二重の体制を築くことがCHIPS法資金を受ける前提条件となるのだ。
人材採用:様々な制度を遵守しながら人材の育成・採用を同時進行

CHIPS法の補助金申請では、人材育成と雇用に関する条件も課されている。特に、FAB建設や装置導入の現場では、Davis-Bacon法に基づく賃金規定を守ることや、アプレンティス制度を導入することが求められる。
米国内でFAB建設や装置設置を進める場合、最低賃金の支払いを義務付けたDavis-Bacon法に基づく賃金規定を遵守しつつ、労務記録を透明に管理できる体制を準備することが必要。また、CHIPS法の要件に沿って、認定済みのアプレンティス制度(見習い中、給与を得ながら学ぶ「現代版徒弟制度」)や同等の職業訓練を導入し、多様な人材の育成・採用を同時に進めなければならない。企業は採用段階から労務基準、研修制度、ダイバーシティの実績を示せる体制を整備し、それを証拠として補助金申請に添付できるようにする必要がある。つまり、人材調達と育成は単なる人事課題にとどまらず、CHIPS補助金の採否を左右する戦略的要素に直結する。
輸出規制の最新動向:法務・SCM・営業が一体となったサプライ戦略

2025年、米国商務省はSamsung、SK hynix、さらにTSMC南京工場の「Validated End-User(VEU)」ステータスを撤廃する方針を示した。これにより、従来の包括的な輸出承認制度は廃止され、今後は1つの契約で大量のライセンスを一括して購入する年次サイトライセンスを取得しなければ、中国への装置や部材の供給ができなくなる見通しとなっている。
また、年次サイトライセンス制度が導入されれば、装置や部材の調達・供給はこれまで以上に柔軟性を失い、在庫の多寡が企業競争力を左右することになるだろう。中国向けの供給については、契約内容や納期、必要部品のリストを事前に明文化し、承認枠に収まるよう調整することが不可欠となる。そのため、予備部材や代替装置の先行確保、さらには米国内や第三国でのバックアップ拠点の構築がリスクヘッジとして重要になる。今後は輸出規制の変更が事業計画に直結するため、法務・SCM・営業が一体となったサプライ戦略を常時アップデートする姿勢が求められる。
「SEMICON West 2025」から、最適な自社戦略のロードマップを持ち帰れ

SEMICON West 2025は、CHIPS法の運用指針や輸出規制の最新動向を把握できる重要なイベントであるが、単なる情報収集の場として捉えては不十分。重要なのは、そこで得た知見を自社の現場へ落とし込み、具体的な実行計画に転換すること。
補助金要件を満たす遵守計画の整備、登録済みサプライヤとの調達網構築、研究セキュリティ体制の確立、人材採用の透明性強化、そして輸出規制対応を組み込んだ在庫戦略――これらを総合した「現地化と規制対応のロードマップ」を持ち帰ることが、このイベント参加の最大の意義と言える。
競争優位を確保するには、規制遵守だけでなく、それを自社の事業戦略に組み込む先見性が欠かせない。「SEMICON West 2025」は、その答えを探す場であり、同時に次世代のサプライチェーンをデザインするための分岐点なのである。
*この記事は以下のサイトを参考に執筆しました。
参考出典
- US weighs annual China chip supply approvals for Samsung, Hynix (Reuters, September 8, 2025)
- US revokes TSMC’s fast-track China export status as controls tighten (Reuters, September 2, 2025)
- US makes it harder for SK Hynix, Samsung to make chips in China (Reuters, August 30, 2025)
- Updates on Semiconductor Controls (BIS, 2025年改訂資料)
- CHIPS Technology Protection Handbook (NIST, March 2024)