境界を越える力が問われる──半導体業界におけるキャリア開発の視座

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半導体業界における個人が持つべきキャリア観とは

近年、AI、IoT、自動運転といった先端分野の進展を背景に、半導体産業は世界的に再び脚光を浴びている。米国のNVIDIAや台湾のTSMCなどは、世界の時価総額ランキングでも上位に食い込み、各国政府も国家戦略の一環として半導体分野への巨額投資を表明している。このように、半導体産業は「成長分野」としての認知を強めている。

だが、だからといって日本国内の半導体業界が今後も一貫して右肩上がりであると楽観視するのは危険である。1980年代に世界シェアを誇った日本の半導体産業は、90年代以降に冬の時代を経験し、グローバル競争の中で苦戦を強いられてきた歴史を持つ。国内における生産拠点や開発人材の空洞化、国際標準からの乖離など、克服すべき課題は依然として多い。浮き沈みの激しい業界であるからこそ、個人が長期的にキャリアを構築していくには、明確な戦略と柔軟な視座が不可欠である。

専門性の細分化と俯瞰的な視点の必要性

半導体業界は、設計、製造、後工程、材料、装置、EDA(設計支援)ツールなど、多層的かつ専門化された構造を持つ。各プレーヤーがグローバルに分業体制を築いており、1人の技術者が全体を理解することは年々難しくなっている。その一方で、自らの専門領域を深掘りするだけでなく、業界全体の構造や技術トレンドを俯瞰する視点が、個人の市場価値を高める要素として求められるようになっている。

特定の技術や工程に依存したキャリアでは、市場や技術の変化によって価値が急激に下がるリスクがある。むしろ、異なる工程や業界セグメントを横断的に理解し、技術とビジネスを橋渡しできる人材こそ、変化に強いキャリアを形成できるといえる。

半導体人材の異業種展開で広がる応用力

こうした俯瞰的な視点を持つ人材は、必ずしも半導体業界の中だけにとどまる必要はない。むしろ、近年では異業種において半導体の知識を活かすキャリアの可能性が広がりを見せている。

たとえば、自動車、スマート家電、医療機器、産業機器など、あらゆる製品が半導体を組み込んだ“スマート化”を進める中で、製品開発部門には従来以上にハードウェアの知見が求められている。単に汎用チップを搭載するだけでは、差別化された価値は生まれない。むしろ、製品仕様と半導体の性能・コスト・消費電力などを結びつけ、最適解を導ける人材が重宝される時代である。

こうした人材育成の文脈で注目されているのが、IBMの取り組みだ。IBMは半導体設計ゲーム教材「The Game」を開発している。この教材は、学生や社会人がゲーム感覚でプロセッサ設計の基本的思考を学べるものであり、限られた予算・性能・電力といった複数の要素を同時に最適化する「戦略的意思決定力」の育成を狙っている。

注目すべきは、これが単なる技術学習ツールではなく、ビジネス上のトレードオフを理解し、設計判断を下す思考法を身に付ける教材として構成されている点である。このようなスキルは、最終製品メーカーやスタートアップ、公共分野のDX推進など、半導体そのものを作らない領域でも有効であり、今後ますます応用の幅が広がると考えられる。

マネジメントスキルのアップデートも不可欠

業界再編や技術革新が頻繁に起きる半導体業界では、技術力だけではキャリアを支えきれない。製造工程のDX化、AI活用によるプロセス最適化、ESG対応など、技術をビジネスとして運用するマネジメント力が、より高い次元で求められるようになっている。

特に、データに基づく意思決定、リモート環境でのチーム運営、業務プロセスの可視化と自動化といったスキルは、従来の「現場型マネジメント」ではカバーしきれない領域である。マネジメントもまた、専門技術と同様に“アップデートされるべきスキル”であるという認識が必要だ。

自律的なキャリア設計が生存戦略となる

こうした変化の激しい環境において、企業任せのキャリア設計はもはや限界を迎えている。どの分野で何が求められているのか、自身の強みがどこで生かせるのかを定期的に見直し、必要なスキルの学び直しを行う「キャリアの自律性」が、生存戦略として重要な要素になっている。

近年注目されている「プロアクティブ・キャリア」や「キャリア・サステイナビリティ」といった概念は、まさにこのような考え方を体現している。特定企業やポジションに依存せず、自分自身の市場価値を自律的に形成・更新していくという姿勢が、長期的に活躍し続けるキャリアの礎となる。

専門性と境界横断力のハイブリッドがキャリア開発のカギ

半導体業界におけるキャリア構築は、単なる専門性の深化だけでは不十分である。俯瞰的な視点と異業種展開の可能性、そして技術とマネジメントの融合という三本柱が、変化の激しい市場の中で求められる。

境界を越え、分野をまたぎ、自らの知見を他者の言語で伝える力こそが、これからのキャリアの価値を決める鍵となる。半導体業界は、その変化の大きさゆえに、もっとも実践的なキャリア実験の舞台であると言っても過言ではない。今後この業界でキャリアを築く上では、「深化」と「横断」のバランスをいかに取るかが問われている。

碇 邦生(イカリ クニオ)

九州大学ビジネス・スクール 講師
経済学研究院 産業マネジメント部門 講師
経済学府 産業マネジメント専攻(併任)

民間企業を経て神戸大学大学院経営学研究科博士課程に進学、その後、リクルートワークス研究所で人事領域の調査・研究に従事する。2017年に大分大学経済学部(人的資源管理論)へ赴任し、2022年に大学発シンクタンクの合同会社ATDIを創業、2023年から九州大学ビジネス・スクールで組織行動論とリーダーシップ論を担当。

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