
パワー半導体業界において、シリコン(Si)が絶対王者である事実は疑いようがない。これまで、いくつもの新材料が戦いを挑んできたが、マーケットシェアを大きく奪う事が出来た材料は存在しない。それは1980年代後半、物性上はSiよりも優れていた砒化ガリウム(GaAs)が、MOSFET開発競争でSiに敗れた事に重なる。Siはこれまで、どんな材料が相手でも打ち負かしてきた。物性上のハンディキャップはプロセスや実装技術の工夫によって克服してきた。

それは、圧倒的な研究開発の歴史とノウハウの蓄積、研究者・技術者人口の多さ、そして無転位の大型インゴットを低コストで作製可能であり、2nmという超絶技巧の加工プロセスを有しているという、どの材料も勝つことが出来ない量産性と加工精度の高さが背景にある。
GaNやSiCが、パワー半導体新材料の社会実装を成し遂げてきた
しかしながら、炭化ケイ素(SiC)や窒化ガリウム(GaN)などのワイドバンドギャップ半導体が、その大きな絶縁破壊電界を生かしてSiに戦いを挑み、一部のマーケットで勝利を収めつつある。その最たる例が、5Gの携帯電話基地局などに使用されているGaN-HEMTである。
GaNは大きな自発分極と圧電分極を有しているため、GaAsのように変調ドープやセパレータ層などの導入なく、急峻な界面に2次元電子ガス(2DEG)層を誘起し、大きな電子移動度を発揮できる。それはSi-MOSFETでは到達が難しい1MHz以上の周波数帯での動作を可能とし、この高周波帯で使用するデバイスはGaN-HEMTが絶対的な地位を築きつつある。
また、Siの10倍近い絶縁破壊電界をもつSiCもSBDやMOSFETの投入によって、Si-MOSFETやSi-IGBTと熾烈な戦いを繰り広げている。SiCは昇華法という高コストなバルク成長方法のため価格がネックであったが、この10年間に中国で大規模な投資と研究開発が行われ、安価で高品質なSiCが市場に投入され始めている。一方で、この現象は一昔前の太陽電池やフラットパネルディスプレイ(FPD)に酷似しており、集中投資が苦手な日本企業にとってはまさに難局となりつつあり、投資戦略の見直しが迫られている。
また、SiCパワー半導体のイニシアティブは今まで欧米企業が握っていたが、その出発点であり代表格であった米国Wolfspeed(旧社名:Cree)の破綻報道は、この体制が崩壊しつつある事の前兆である。
(参考:EE Times Japan)
酸化ガリウムやダイヤモンド、二酸化ゲルマニウムなどの次なる新材料に対する冷静な評価
GaNやSiCなどの新材料が絶対王者Siの牙城を少しずつ攻略しつつある一方で、酸化ガリウム(Ga₂O₃)やダイヤモンド、二酸化ゲルマニウム(GeO₂)といった、さらに新しい材料が注目を集めつつある。しかし、1980年代にSiに敗北したGaAsの寓話を忘れてはならない。
いくら「高性能」や「バリガ性能指数が高い」などの物性的な優位性をもっていても、物性的に優れたGaAsが敗れ去ったように、マーケットから評価されないケースが多い。
ある企業幹部:
半導体は、性能を売っているのではない。お客さんが欲しいものを売っているのです。
今後の半導体新材料開発競争は、この言葉がキーとなると考えている。つまり、従来のSiやSiC、GaNよりも高性能である事は絶対条件であり、さらにこれらの材料とトータルコストや量産性で十分に戦えないと広い社会実装は難しい。
その点でも、長い年月をかけて社会実装に成功したGaNやSiCの成果は驚異的である。
話を新材料に戻すと、このコスト問題を克服したうえで、パワー半導体新材料が広く社会実装されるために必要な技術的条件は次の3つである。
① 半導体薄膜のバックグラウンドキャリア密度を、実用的なキャリア密度制御可能な14~15乗台まで低減させ、イオン注入法により16乗台前後のキャリア密度制御を行う。
② 既に社会実装されているSiやSiC、GaNと比較されるため、これらより高性能である事が求められる。具体的には大きな絶縁破壊電界と低いオン抵抗、高い移動度、高い熱伝導率などであり、理想的には全ての要素で上回る必要がある。
③ n型、p型の両キャリアタイプの正確な密度制御を行える事。これは、パワー半導体市場で90%近くを占めるnormally-off型MOSFETを量産する上で前提の技術であり、キャリア密度制御はイオン注入法で行う必要がある。
しかし、この3つの条件に怯んでパワー半導体新材料の研究を止める必要はないし、逆にこの条件を満たすからと言って社会実装が保証されるわけでもない。これは「広い」社会実装の前提条件であり、ニッチなニーズを満たすデバイスの作製はこの条件を満たさなくても可能である。
大学の自由な基礎研究が新材料を生み出してきた
パワー半導体新材料は常に大学の研究室から誕生しており、チャレンジングなテーマである。大学と企業やスタートアップが協力して社会実装に挑戦する事は意義が深く、決して止めてはいけない歩みである。

筆者は学生時代を含め、これまでいくつか大学発スタートアップを創業し研究開発を行ってきた。一方で、現在は水素生成、燃料電池、メタマテリアル、最先端ロジック半導体プロセスでの絶縁膜開発など、パワー半導体と関係が無いものをメインに6つの研究テーマを6つの会社と共同で行っている。パワー半導体材料(二酸化ゲルマニウム)の開発は、その中の1つのテーマにしか過ぎない。
大学はあくまで基礎研究の場であり、バラエティ豊かな材料が誕生する肥沃な土壌でなければならないと考えており、今後も新材料を生み出したいと考えている。それは、機能性材料がもつ無限の可能性を追求したいという学問的欲求によって突き動かされているからである。
大学の基礎研究で誕生する材料の中には、最後まで社会実装される材料は稀であり、そのほとんどが社会実装されない。しかし、その材料は豊かな森を作る土壌のように学問の礎となり、後年、別の観点から重要な材料として扱われる事が多い。これまでの半導体新材料はこのような経緯で誕生しており、使用目的が決まって発展したものは稀である。大学の基礎研究は半導体新材料を生み出す豊かな森の役割を担っており、これからもそうあり続ける事が重要である。

SEMICON.TODAY編集部による金子先生のご紹介
金子健太郎先生は、水素生成技術、燃料電池用低コストセパレータの開発、メタマテリアルを用いた高効率加熱光源の開発などエネルギー分野での新材料開拓を行う研究者として注目されています。その様々な材料開拓研究の中で、次世代のパワー半導体材料として注目される「GeO₂(二酸化ゲルマニウム)」の開発を行い、世界的な省エネルギー社会の実現に貢献することを目指している半導体分野の第一人者です。
[ご経歴]
1984年大阪府豊中市生まれ。河内長野市育ち。大阪府立大学(現 大阪公立大学)工学部卒業後、京都大学工学研究科 電子工学専攻 博士前後期課程修了 博士(工学)。京都大学助教、講師を経て、立命館大学教授(2022年)、RARAフェロー(2023年)、半導体応用研究センター(RISA)センター長(2024年)。研究者として新しい酸化物の開拓と新規応用についてメーカー企業6社と共同研究を進めている。学生時代から半導体ディープテックベンチャーを複数創業してきたことから、基礎研究だけでなく社会実装を意識した研究開発を行い、アカデミアと産業界をつなぐ研究者として注目されている。大学の研究シーズの活用や研究者の起業についての助言やサポート活動も行い、半導体応用研究センター長として半導体産業の活性化に貢献するため、滋賀県、草津市、京都府、京都市、大阪府泉佐野市、三重県、大分県、熊本県菊陽町などと半導体政策に関するアドバイス・交流にも参画し、研究者として行政府と産業界に積極的なはたらきかけをしています。
